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第20章① 一九四七年八月
クリアウォーターがその男に抱いた第一印象は、「灰色」だった。
夏だというのに、背広の上下をきちんと身につけ、ネクタイもしっかり締めている。その上下の揃いが灰色だったが、これは別に珍しくない。
顔はどこか翳 がある。心に深い鬱屈を抱えている。それも、珍しいことではなかった。
長きにわたる戦争と、そして敗北という結末が、何十万、何百万という灰色の日本人をつくったのだ。クリアウォーターの前に座り、これから尋問を受ける男--今年24歳になるインテリ風の青年も、その一人だった。
「はじめまして。今村和時 さんですね?」
クリアウォーターの英語が、カトウの口を通して、日本語に翻訳される。
青年は温かみのない目を、アメリカ人の少佐と軍曹に向ける。それから、抑揚の乏しい声で「今村です」と言った。
クリアウォーターは今村に対し、仕事を休ませたことを詫びてから、彼の現在について--今村は大阪市内の建築設計事務所で働いている--を尋ねた。今村は言葉少なに、昨年、父親のつてで事務所に入社したことや、見習いのようなことをしていると答えた。
「今村さん。あなたは大学を休学されて、陸軍に入隊しましたね」
「ええ、その通りです」
「失礼ですが。復学されなかった理由を、聞かせてもらえませんか?」
その問いに、今村は少し間を置いて答えた。
「…その気になれなかったので」
続きがあるかと思ったが、今村は口を閉ざし、それ以上のことを語らなかった。
そういったやり取りをさらに二、三交わした後、クリアウォーターは机の向こう側に座る灰色の青年について、心中いくつかの洞察を加えた。
その一。彼は不安を感じ、緊張している。突然、占領軍に呼び出され、その理由 をまだ説明されていない段階で、これは当然というべき反応だ。
その二。一方で、彼の受け答えは平均以上に抑制がきいている。端的に言えば、自分から積極的に何かを話す気がない。これが今村の元々の気質に由来するものなのか、それともアメリカ人に対する反感や敵意からくるものなのか、まだ材料が少なく判断できない。しかし、クリアウォーターは直感的に、後者なのではないかと、予想した。
人は見かけによらない。
今村は一見すると荒事と無縁で、気難しそうな若者だ。しかし、彼は二年前まで日本の陸軍航空隊中、精鋭と言っていい部隊に所属し、二十二歳という若さで副隊長を務めていた。東京を発つ前、ウィンズロウから渡された今村の元所属部隊に関するメモや原稿の類にも、彼に関する言及があった。
〈……この元大学生のパイロットは、片方の翼を失った戦闘機で、飛行場へ着陸し生還を果たした。驚異的 としか言いようがない……〉
今村はアメリカの航空隊と何度も空中で死闘を繰り広げ、生き延びた。日本が連合軍に--実質、アメリカ軍に--占領されている現状をよく思わず、GHQの人間に協力的でないとしても無理はなかった。
クリアウォーターはそこで、一歩踏み込んだ話を切り出した。
「…本日、あなたを呼び立てたのは、一九四四年から四五年にかけて、あなたが所属していた『はなどり隊』のことで、話を聞かせてもらいたかったからです」
それを聞いて、今村は表情を変える。頬の筋肉や眉の動きから、クリアウォーターは相手の心の声を聞き取る。
それはあるいは、言葉よりも雄弁だったかもしれない。
うんざりだと、今村の顔は言っていた。
「…前にここに呼び出された時、同じことを聞かれました」
灰色の青年は、慇懃に言った。
「今のように通訳をつれた軍人に。名前は失念しましたが、夜間爆撃機の操縦者だったことは覚えています」
「その人は、エイモス・ウィンズロウという名前じゃなかったですか?」
ウィンズロウの名を口にした時、カトウの声の温度が確実に数度、下がった。クリアウォーターは内心頭を抱えたが、今村はまったく気づかなかった。
「…なんだ。ご存じだったんですか。なら、そのパイロットを探して、話を聞いた方が早いと思いますよ。こんな風に、いちいち通訳を通じて話すより、よほど早く済む」
徐々にではあるが、クリアウォーターは今村という青年の性格を理解し始めた。彼は尋問される側の人間としては、非協力的な部類に入る。ただし、黙秘をつらぬくほどではないし、クリアウォーターのように状況次第で呼吸するように嘘をつける人物でもない。
むしろ、嘘をつけば、すぐに見破られるタイプだ。
クリアウォーターの技能をもってすれば、質問の仕方しだいで、今村から情報を引き出すのは、そう難しいことではないと思われた。
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