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第20章②
「ウィンズロウ大尉があなたに何を聞いたかは、こちらもある程度、把握しています」
クリアウォーターは、なだめるように言った。
「『はなどり隊』がいつ、どこでB29を迎撃したり、アメリカの航空隊と交戦したかという基本的な情報。はなどり隊の隊長であった黒木栄也大尉と、あなた自身に関すること。それと特攻隊員として出撃したパイロットたちのこと--違いますか?」
「…大体、その通りです」
「特攻隊員の中に、あなたの部隊に所属していた金本勇というパイロットがいたことを、覚えていますか?」
「…ええ」
「我々は今、ある事情から金本のことを調べています」
クリアウォーターはそう前置きし、今村の前に退色した新聞を置いた。数日前、巣鴨プリズンで東條英機元首相を尋問する際に使ったのと同じ、『やまと新聞』である。
紙面の一角に載せられた金本勇の死亡を伝える記事を、赤毛の少佐は指さした。
「この記事を通して、金本がどのように死んだかは知っています。でも、さらに詳細が知りたい。彼が特攻隊員として出撃した日、あなたは特攻隊の護衛機として、一緒に飛んだそうですね。なら、金本が亡くなった時の状況も、よくご存じだと思います。可能な限り詳しく、教えていただけないでしょうか」
クリアウォーターの要求に、今村はすぐに返事をしなかった。探るような目を、かつて敵であったアメリカ人たちに向ける。
それから、ぶっきらぼうに言い放った。
「お断りします」
「断る?」
「話したくない、という意味です。あんたたちがどういう理由で金本曹長の過去を探っているか、知らないが。故人を冒涜するようなことなら、俺は協力できかねます」
クリアウォーターは心のなかで、今村の人物像に微修正を加えた。
この青年は過去に属していた『はなどり隊』に対し、いまだに帰属意識を残している。しかも、かなり強く。
クリアウォーターは、あっさり引き下がった。
「お答えしたくないというのなら。質問を変えましょう」
肩透かしを食らった様子の今村に、赤毛の少佐は言った。
「パイロットとして、あるいは一人の人間として、金本はあなたの目にどう映っていましたか? 印象でかまわないので」
「…申し訳ないが。金本曹長と俺は、それほど親しい間柄ではなかった」
「それでも、同じ部隊の仲間だったことに変わりはない。違いますか?」
尋問者の言葉に、今村は目をみはる。
厚く築かれた壁に、少しだけキズを入れた。そんな手応えをクリアウォーターは感じた。
それを証明するかのように、今村はようやく自分から多くの言葉を費やして語りはじめた。
「…金本曹長は、非常に優秀な戦闘機搭乗員でした。訓練中の模擬戦で、俺は何度か戦ったが、毎回手も足もでなかった。一度として、勝てませんでした」
クリアウォーターはうなずき、計算されたさりげなさで質問をはさんだ。
「あなたたちの部隊の隊長。黒木大尉も、優秀なパイロットだったと聞いています。これは単なる好奇心からの質問ですが。純粋な実力は、どちらが上だったんですか?」
「それは…答えにくいですね。あの二人が、模擬戦で戦った記憶はないので。正直、ほとんど互角だったんじゃないかとは思います」
記憶をたどる今村の顔は、先ほどより緊張の度合いが薄れている。
「…ああ、でも。一度、二人がささいなことから、取っ組み合いの喧嘩を演じたことがありました。地上での話ですよ。その時は確か、金本曹長が勝ったはずです」
「ほう。上官にたて突くとは、金本は気の荒い性格だったんですか?」
「いいえ。普段は、他人に暴力を振るうなんてことはなかったです。無口で、どちらかというと一人でいることを好んでいたように見えました。ただ、怒らせたら怖い人間だったとは思います」
「あなたは、金本とは取り立てて親しくないとおっしゃりましたが。逆に部隊内で彼と特に仲のよかった人間はいましたか?」
「いましたよ。意外かもしれませんが、黒木大尉どのです」
「…取っ組み合いのケンカをしたのに?」
「ケンカした直後は、二人ともお互いを避けていましたよ。でも、しばらく経ってから、気づくと二人でつるんで行動するようになっていました。先ほど、金本曹長が気の荒い性格かと尋ねられましたが、どちらかと言えば、それは黒木大尉どのの方でしたね。気が短くて、隊内の誰かがヘマをすると、速攻で鉄拳が飛んできました」
そこで今村は、フッと表情をゆるめる。
「でも、今にして思うと、仕方がないことだったと思います。俺は、あの頃の大尉どのと同じ年になりましたが、この若さで最後の方には、戦闘時に戦隊全機を指揮する立場にあったんですから。重圧は、ものすごかったと思います。俺だったら、間違いなく潰されて、精神的におかしくなっていたでしょう。古参で年上だった金本曹長は、黒木大尉どのにとって、色々な面でいい相談相手になったんだと思います--多分、あの世でも、仲良くやっているんじゃないかと、思います」
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