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第20章④
「小脇少佐だって?」
今村の顔に、意外さと困惑が現れる。
「ご存じなんですね」
「…河内という大佐のことは知らないが。小脇少佐は知っている。一度だけ、直接会ったこともある」
「このひと月の間に、小脇元少佐と河内元大佐が、何者かによって相次いで殺害されました。そして殺害現場の状況や残された指紋の一致から、両名を手にかけた殺人者は、先ほど私が言った事件の犯人と同一人物……つまり、金本勇だと考えられます」
クリアウォーターは、今村の反応を見る。
驚きと混乱。今村にとって、クリアウォーターが提示した情報が、初めて耳にするものだったのは明らかだ。小脇が殺された事件は、小さいながら新聞にも載ったが、今村は気づいていなかったようだ。
たっぷり一分ほど沈黙した後、青年はやっと口を開いた。
「--小脇少佐が殺された。その犯人が、金本曹長だと疑われている。そういうことですか?」
「ええ」
「だとすれば。金本曹長はあの世から戻ってきて、仲間たちの仇を取ってくれたのかもしれませんね」
「…それは、どういう意味でしょう?」
クリアウォーターは問いかける。その一方で、赤毛の下にある脳の中では、今までつかんできた事実が、パズルのピースのようにかみ合っていく。
戦後、小脇の実家に、「特攻くずれ」の若者たちがつめかけた。彼らは小脇に怨恨を抱いており、その中には『はなどり隊』に所属していた東智 もいた。
--小脇順右は、金本が所属していた『はなどり隊』や、はなどり隊を含む戦隊の者たちに恨みを買っていた--
クリアウォーターの仮説は、ほどなく正しいことが証明された。
今村は、揺るぎない確信を込めて、言い切った。
「小脇は、はなどり隊を潰 したんです。その最初の犠牲者が、金本勇曹長でした」
「小脇は個人的な理由で、黒木大尉どのに強い恨みを持っていたそうです。伝え聞いた話なので、真相はわかりませんが、俺は事実だと信じています」
今村はそのように前置きして、戦争末期、彼と彼の隊に降りかかった厄災について語った。
「小脇が知覧に現れて、二ヶ月足らずの間に、『はなどり隊』から六人の搭乗員が特攻隊員に選ばれて、沖縄へ飛び……誰一人、帰ってきませんでした。当時から、おかしいと、囁かれてはいたんです。でも上の決定に、逆らうなんてことは到底、できませんでした。もし、黒木大尉がいてくれたらと、何度も思いましたが……結局、結果は同じだったかもしれません」
七月に入り、戦隊が知覧を離れる前夜、正式に「はなどり隊」の廃止が、今村たちへ通達された。失われた隊長も、搭乗員たちも、一度も補充されることはなかった。
残されていた今村たちも、まるで死者が墓から起き上がるのを恐れられるかのように、これ以上ないくらい念入りに、別々の飛行場へ異動させられた。
「すでに、ご存知かと思いますが。俺も、最後は特攻隊に入れられました。出撃予定日は八月十六日。…ええ、そうです。その前日、玉音放送が流れて、戦争が終わった。俺はたった一日の差で、死なずに済んだんです」
今村は、くたびれた様子で口を閉ざした。元パイロットの青年にとって、忌まわしい体験は、いまだに生々しさを帯び、語ることは精神的に大きな負担を強いるようだった。
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