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第20章⑤
灰色を通り越し、燃えつきた灰のような雰囲気の男を、クリアウォーターは気遣わしげに眺めた。
「今村さん。あなたに同じことを何度も尋ねるのは、こちらとしても心苦しいのですが。いま一度、聞くことをお許しください。--金本は、本当に亡くなったのでしょうか。彼が生き延びた可能性は、万に一つもないのでしょうか?」
今村は広げたままの『やまと新聞』を、ぼんやり見つめた。
「……その記事。大袈裟な表現を使っていますが、およそ事実に即しています。金本曹長は、そこに書いてある通りの亡くなり方をしました。俺はその瞬間を見ていません。でも、直掩で出た何人かが目撃していた。話を聞く限り、到底、助かったとは思えません」
「分かりました。ありがとうございます」
クリアウォーターは、それ以上、追及しなかった。無理に迫れば、今村は話すかもしれない。しかし、それ以上の情報を、引き出せなくなる見込みが高い。
今は、新聞に書いてあることが間違いないと、裏付けが取れただけでよしとすべきだ。
クリアウォーターは言った。
「今村さん。あなたは所属していた部隊の仲間たちと、何がしかの交流はありますか?」
「いいえ。さっき言ったように、『はなどり隊』の搭乗員たちは、最後はバラバラになっていました。別れた時に生き残っていた連中がどうなったか、ほとんど知りません。情けない話ですが、確かめるだけの気力もなかったので」
今村はため息をついた。
「一度だけ。大阪に帰った後、偶然、戦隊の人間に会ったことがあります」
「その人物の名前をうかがっても?」
「蓮田周作少尉です。彼は『らいちょう隊』の所属でしたが、一緒に出撃する機会も多かった男です。知覧に来た後も、黒木大尉が率いていた直掩任務に、たびたび同行していました」
クリアウォーターは、何気ない動作でメモをとる。
多少、驚きはしたが、それが表面に出ることは一切なかった。
蓮田周作は、白蓮帮の頭目である莫後退 が、クリアウォーターに教えた『特攻くずれ』の一人だ。
大阪出張の直前、電話をかけてきた莫は、名前以外の情報もクリアウォーターに与えていた。
「蓮田という奴は、ほんの何ヶ月か、若海 組にいてな」
今年四月、GHQによって解体させられたヤクザ組織の名を、莫は口にした。
「元々、蓮田の身内が、若海組の下っ端組員だった縁で、入ったらしい。白蓮帮 の連中の話では、中々、イカれた男だったらしいぞ。命知らずの行動が、組長だった若海義龍の目にとまって、奴の用心棒の一人になっていた」
クリアウォーターは対敵諜報部隊 のソコワスキー少佐と共に、若海義龍が暗殺された直後に若海組の関係者を大勢、逮捕した。しかし、蓮田という名前に聞き覚えはなかった。
その点を莫に問いただすと、予想通り、蓮田はその時点ですでに、組を離れていたとのことだった。その行方については、莫もつかんでいなかった……。
クリアウォーターは事務的な口調を装って、今村に尋ねた。
「蓮田という男と会ったのは、いつ頃ですか? 覚えていたら教えてください」
「去年の秋です。正確な日までは覚えてないですが、十月ごろだったと思います」
「彼の口から、はなどり隊の仲間の消息は、聞きましたか?」
「いいえ。俺もたずねはしたのですが、蓮田少尉は何も知らないと、言っていました」
「そうですか…」
おかしい。蓮田は終戦直後、はなどり隊の東智 らと共に、都心の焼け跡を闊歩していた。
何も知らないわけがない。今村に嘘をついて、その点を隠したのは、なぜだ?
「蓮田とは、今も連絡を取っていたりしますか?」
「いや…その時、会ったきりです」
この答えは、クリアウォーターにとって少し意外だった。
「あなたの話を聞く限り、彼は戦友だったわけですよね。また連絡を取り合おうとは、思わなかったのですか?」
クリアウォーターの質問を聞き、今村は複雑な顔になる。答えるべきか、迷っている。そう察したクリアウォーターは、あえて踏み込んだことを言った。
「もしかして。蓮田に会った時、彼は何か、あなたの気持ちを害するようなことを言ったりしたのですか?」
「そういうわけじゃない。ただ……」
今村は言い淀んだが、結局、嘆息して白状した。
「蓮田少尉が少々、妙なことを言って。それが、気になったせいだと思います」
「彼は何と言ったのですか?」
「…『死にたいと、思っていないか。もし思っているなら、とびきりいい方法を教えてやるから、正直に言ってくれ』。一言一句 、この通りだったわけではないですが。要は、そういうことを言っていました」
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