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第20章⑥

「自殺を促すようなことを、言われたと?」 「少なくとも俺は、そう受け取りました」 「蓮田は、困窮しているようでしたか?」 「金があり余っているようには、見えませんでした。でも、今は皆そんなもんでしょう。ただ、自ら死を選ぶほど追い込まれている風でもなかった。むしろ俺より、よほど元気そうでしたよ」  クリアウォーターはうなずき、別の資料を今村の前に置いた。 「これは我々が把握している『はなどり隊』の搭乗員たちのリストです。目を通し、不備があれば教えていただきたいのですが…」  名簿を取り上げた今村は、読みはじめてすぐに顔を上げた。 「これ、全員分ではないですね。何人も抜けていますし、名前の漢字が間違っているのもあります」 「あなたが知っている限りでいいので、修正していただけますか?」  カトウが鉛筆を渡す。今村はすぐに、上の方に名前があった「工藤勝吉少尉」の「勝」の字を「克」に直し、さらに欄外に「米田一郎伍長(昭和十九年十一月戦死)」と書き入れた。  あらかた修正し終え、今村の手が止まったところで、クリアウォーターが尋ねた。 「ここには搭乗員の名前しか、載っていませんが。部隊には当然、航空機を整備する整備班員がいたはずですよね。彼らについて、あなたは詳しく覚えていますか?」 「…いや。申し訳ないが、自分の機付の整備兵以外は、搭乗員ほどしっかりとは記憶していないです」 「整備班側のことを、よく知っている人間に心当たりは?」  その問いに、今村は少し考えてから答えた。 「黒木大尉どのの機付の整備班長で、千葉という軍曹がいました。彼なら、色々と話を聞けるかもしれません。整備兵だけでなく、搭乗員からも、ずいぶん信頼されていたようですから」  今村によれば、千葉の実家は寺だという。千葉自身は僧籍になかったが、その生まれと穏やかな人柄で、周囲からさまざまな相談事が持ち込まれていたという。特に、敗戦が近づく頃には、死後の世界があるか、因果応報があるか、聞きに行く者が少なからずいたそうだ。  クリアウォーターは、千葉のフルネームと階級を聞き出した。今村は千葉の出身県と実家の宗派も覚えていたので、さらに、それも書き取る。  それから、赤毛の少佐は自分の腕時計にチラリと目をやった。  午後四時半。尋問を始めて、二時間が経過していた。 「そろそろ、このあたりで終わりにします。ただ、後日もう一度、似顔絵の確認だけお願いできますか」 「…わかりました」  今村は言ったあとで、思い切った様子でつけ加えた。 「きっと、その似顔絵とやらを見れば、断言できると思います。そちらが探している殺人犯は金本曹長ではないし、それに……はなどり隊の人間でもないと」  緊張感が、室内を走る。  クリアウォーターはごまかすのではなく、むしろ今村のふみ込んだ発言を利用する方を選んだ。 「--あなたが察している通り。もし、金本が本当に死んでいるのなら、小脇や河内を殺害した犯人は、別にいることになります。そして動機を持つという点では、あなたを含む『はなどり隊』の人間は、捜査の対象となります」 「確かに俺は、小脇を恨んでいました。死んだと聞いて、『天罰がくだった』と言うのが、正直な気持ちです」  でも、と今村は続ける。 「『死ねばいい』と思うことと、それを本当に実行することは、まったく別次元のことです。俺は犯人じゃないし、他の仲間についても同様です」  今村の主張に、クリアウォーターは反論しなかった。しかし、もちろん同意したわけでもなかった。 「…最後に一つ、いいですか」  クリアウォーターは言った。 「金本勇の、あるいは『はなどり隊』の搭乗員がうつった写真を、お持ちではないですか?」  翻訳された言葉を聞いて、今村の目がわずかに揺れた。 「--いいえ、あいにく、持っていません」  その返答を最後に、尋問は終了した。

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