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第20章⑦
「何か思い出したことがあれば、すぐに連絡してください」
そう言って、クリアウォーターは対敵諜報部隊 の大阪支部の電話番号に、さらに自分が泊まっているホテルの番号も添えたメモを、今村に渡した。
今村が辞去した後、クリアウォーターが真っ先に行ったのは、「はなどり隊」の元副隊長が書いた搭乗員たちのリストと、莫後退 から聞き出した『特攻くずれ』たちの名前を照合することだった。
結果は、期待通りだった。すでに判明していた東智 と蓮田周作 だけでなく、他にも「はなどり隊」の人間が含まれていたことが明らかとなった。
クリアウォーターは、彼らの戦中の階級に注目した。もっとも低いのが東で、昭和二十年時点で伍長、一方、蓮田は少尉だった。仮に小脇の元へ押しかけた元特攻隊員たちの中に蓮田がいたとすれば、彼がリーダー格だったことは、かなりあり得る。
加えて、今村のところへ現れた蓮田が言ったという言葉……。
--死にたいと思っていないか。もし思っているのなら、とびきりいい方法を教えてやる--
表面的に見れば、今村が感じたように、自殺を促していると思えるだろう。
しかし、少し見方を変えれば…?
蓮田が、死ぬことを恐れていない人間を、探していたように考えられないか?
「……クリアウォーター少佐。聞いていただかなければならないことがあります」
その声で、クリアウォーターはリストから目を上げた。
「なんだい、カトウ?」
「似顔絵が消えた一件です。実は、俺がホテルに戻った時のことなんですが…」
カトウは泊まっていた部屋の鍵がかかっていなかったこと、そして室内に入った時、妙な気配が残っていたことを打ち明けた。
カトウの説明を聞いた後、クリアウォーターは、ほとんど表情を変えなかった。しかし、落ち着いた態度は演技のなせる技で、内心で怒っていることを、カトウは察した。
「--少々、うかつだったね。施錠されていなかった時点で、私にひと言、確認してくれたらよかったのに」
「申し訳ありません」
カトウは固い声で謝った。クリアウォーターとケンカ中でなかったら、おそらくそうしていたはずだ。
クリアウォーターは肩をすくめた。
「カバンを置いた後、私は鍵をかけた記憶がある。こじ開けられたのでなければ、ホテルの関係者が合鍵を使って開けたと考えるのが、一番、妥当だろうな」
カトウも同じ意見だった。ただ……。
「犯人は、どうして似顔絵を持ち去ったのでしょう?」
「私にも、分からない。さっきカバンをざっと見たが、似顔絵以外になくなったものはなかった。まさか、絵が気に入ったというわけでもあるまいに…」
クリアウォーターとカトウはそれぞれ、頭をひねったが、答えは見つからなかった。
千里眼でもなければ、とてもではないが、真相には辿り着けないだろう。
自分たちが追いかけている殺人犯 が、ホテルの部屋に侵入し、カバンをあさった挙句、見つけた似顔絵を衝動的に持ち去ったなど、分かるはずがなかった。
「とりあえず、ホテルに戻ってフロントに物盗りのことを伝えよう」
クリアウォーターは言った。
「過去に類似の事案が発生しているのなら。ホテル側もさすがに本腰を入れて、犯人探しをしてくれるだろう」
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