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第20章⑧
今村は下宿へ戻る帰路の間、ずっと尋問のことを考え続けていた。
派手な色の髪をしたアメリカの少佐は、小脇と、そして河内という大佐が殺された事件について、犯人が「はなどり隊」にいるのでは、と疑っていた。聞いた時には、ばかげていると思った。金本が生き延びたのではと、疑われた時も、同じ思いでそれを否定した。
しかし、自分は本当に、心の底からそう思っているのか?
もし、かつての仲間達の潔白を信じきっているのなら……写真のことを尋ねられた時、嘘はつかなかったはずだ。
今村は、「はなどり隊」の面々の写真を持っていた。それも、一枚ではなく複数。そのことは、今まで誰にも話していない。だから、隠し通せるはずだ……ーー。
戦時中、調布飛行場には時々、将兵を慰問する目的で、外部から歌手や芸人が呼ばれた。一度、映画会社が軍の喧伝目的で使う映像を撮りに訪れたことがあり、その時、映画会社のカメラマンも同行していた。撮影された写真は後日、調布へ届けられたのだが、すでに「はなどり隊」を含む戦隊の主力は、知覧飛行場へ飛び去った後だった。
今村が写真を手に入れたのは、終戦直前のことだ。すでに「はなどり隊」が廃止され、生き残っていた搭乗員たちも各地に転属させられ、今村自身、特攻隊に入れられた。ただ、皮肉と言うべきか。出撃を待つ間、最後の日々を過ごすよう命じられたのは、古巣である調布飛行場であった。
今村は調布に戻ったその日に、かつて「はなどり隊」のピストだった木造宿舎に足を運んだ。ピストの周りに人気 はなく、汚れたガラス窓から中を覗くと、畳や窓の桟に薄く埃が積もっているのが見てとれた。元々あった寝具や、搭乗員たちが残していった私物は、どこかに持ち去られたらしく、何も残されていないように見えた。
それでも今村は、中に入った。鍵がかかっていたが、元より鍵がなくても開けられる方法を知っている。少し戸を持ち上げ、ずらしただけで、錠は簡単に外れた。
墓場のような静けさの中、足を踏み入れた今村は、埃の舞う土間の片隅に封筒が落ちているのに気づいた。寝具や私物を片付けた人間たちも、見落としたらしい。
拾い上げて封を切ると、モノクロの紙片が姿を現した。
畳の上に写真を広げ、今村は一枚一枚に見入った。
切り取られた時間の中に、黒木がいた。金本も。撮影されたのは二月ごろだったから、元気な姿の笠倉と東の姿もあった。松岡。竹内。林原。柴田。そして、今村自身の姿も--。
眺めるうちに、今村の目に涙がにじんできた。
命をかけて米軍と戦った。そして迎えた結末が、この空っぽのピストだ。自分たちの存在は、戦争の終焉を迎える前に消え去ろうとしている。
報いられず、語られず、積み重なる死者たちの中に埋没するように、あるいは吹いたら霧散する塵のように、痕跡を残さず……。
本当に、それでいいのか?
「--いいわけがないだろ」
今村は写真を入れた封筒を隠して、自分の寝泊まりする仮泊所へ戻った。
その日から、空いた時間の全てを使って、かつて自分が所属していた「はなどり隊」のことを書きとめた。米軍との戦いのことを、調布での日々を、そして搭乗員たちのことをーー。
黒木を、金本を、工藤を、米田を、笠倉を、東を--覚えている限りのことを、手に入れた便箋を使って書き綴り、毎晩、見つからないように、紐でしばって荷物の奥に隠した。
おかげで、自分がまもなく死ぬことについてあまり考えずに済んだ。出撃予定日が八月十六日と知らされた後は、とにかく間に合うよう書ききることだけで、頭がいっぱいになった。
書き終えた後は、信頼のおける整備兵に託して、大阪の家族の元へ直接、どとけてもらうつもりでいた。今は消え去るとしても。いずれ誰かが、帝都の空を飛んだ部隊の存在を探りあて、その実像を求めにくる日が来る。その顔も知らぬ誰かに、今村は託すつもりだった。
記録を残す。それが葬り去られていくことへの、ささやかな抵抗だった。
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