413 / 474
第20章⑩
「そうだ。俺がやった」
ごまかしても、意味はない。カナモトは、二人の殺害を認めた。
今村の顔が、絶望でゆがんだ。口元をわななかせた時には、先ほど食べた饅頭を吐き出すのではないかと思えた。打ちのめされたその姿に、カナモトは久しぶりに、罪悪感に近い感情を抱いた。
今村は両手を組んで、額に当てる。まるで祈るような姿勢で、カナモトに自首するようすすめた。当然、カナモトは断った。すると今村は今日の午後、対敵諜報部隊 の支部で何を告げられたのかを、洗いざらい話し始めた。
カナモトが予想していた通り、今村は朱髪のアメリカ人将校から小脇や河内が殺された事件のことを聞かされ、あれこれ質問されていた。しかし、はなどり隊の人間が関与していることについては、きっぱり否定していた。かつての仲間が、そんなことをするはずがないと信じていたからだ。
結局、カナモト本人の口から、最悪の形で信頼が裏切られたと、知らされることになったのだが。
「…自首しない場合、俺を米兵につき出すか?」
カナモトの問いに、今村はどんよりとした眼を向ける。今村の内心を察して、カナモトはかすかに笑った。自首はすすめはするが、かつて同じ空で戦った仲間を、官憲やアメリカ人に売りはしない。苦渋に満ちたその判断を、カナモトはありがたいと思った。
「待っている間、部屋が散らかっていたから掃除をさせてもらった。その時、机の中身も見た」
カナモトは「便箋だ」と言う。
「『はなどり隊』について、書かれてあったな。読んで、驚いた。物書きの才能があったとは知らなかった」
そう言われた時、今村は特攻に行って死んだ宇都木のことを思い出した。作家になりたかったが、夢を叶えることなく散っていった男…。
今村は、部屋の中が暗くなり始めていることに気づく。そろそろ夕暮れ時だ。カナモトの顔も陰 になって、輪郭が怪しくなってきている……。
何かがおかしいと思った直後、今村の見ている世界が、ぐらりと揺らいだ。
座った姿勢を保っていられず、ずるずると畳にくずれ落ちる。配電盤のスイッチを切るように、手足や目の感覚が失われていく。パチっ、パチっと。最後まで残ったのは聴覚だが、それも、かなりあやふやだった。カナモトの声が、こだまのように聞こえる。
「心配しなくていい。饅頭に入れたのは、毒薬じゃなくて睡眠薬だ。…ただ、三つ以上、食べていたら少々、まずいことになっていたが」
カナモトが近づいてきて、今村を見下ろす。
「これが最後の頼みだ、今村少尉。じきに、ケリがつく。ほんの数日でいいから、見逃してくれ。そのあとで、米軍なりなんなり駆け込んで言ってくれ。『金本勇が生きていた』と」
意識を失う寸前、今村は聞いた。
「色々、すまない」
その謝罪が、最後に聞こえた言葉だった。
ともだちにシェアしよう!

