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第20章⑯
カナモトの耳に熱が走り、それから激しい痛みが襲いかかってきた。連射された銃弾の一つが命中して、耳の皮膚とその下の軟組織をまとめてねじり飛ばしたのだ。弾が飛んできた方向にカナモトは血走った目を向け、そこに宿敵の姿を認めた。
朱色の髪を持つ、アメリカ陸軍軍人を。
クリアウォーターはカナモトの頭部を狙って、引き金を引いた。生かして捕らえるという考えは、カナモトがカトウを射殺しようとした時点で捨てた。手加減をしていたら、カトウもクリアウォーターも死ぬ。
カナモトは大きく飛びすさり、死をもたらす鉛弾をからくも回避する。着地すると同時に、相手の目立つ髪に小銃の照準を合わせる。
そこに火炎と煙が横切った。クリアウォーターの姿が、かき消える。
カナモトは、賭けに出た。クリアウォーターの長身が見えたあたりを狙って、引き金を引く。ほぼ同時に、カナモトの左右の空間を、複数の弾が通り抜ける。敵も、カナモトと同じことを考えて、バクチを打ったのだ。しかし、カナモトに命中させることはできなかった。
では、カナモトが撃った銃弾の方はどうなったか?
その答えは、すぐ判明した。
身構えるカナモトのすぐそばで、拳銃のスライドを引くカチャっという音が上がった。
カナモトは、出せる最大限の速度で反応した。走る、というより飛びかかる動作で、煙の向こう側にいたクリアウォーターと距離をつめ、その手にあった拳銃を小銃の銃床で叩き落とした。
ツケはすぐに来た。怒りの形相を浮かべたクリアウォーターが、自由になった手で小銃の銃身をつかみ、奪い取ろうとする。もみ合いの果てに、カナモトの手から小銃がもぎ取られ、遠くに投げ捨てられた。
カナモトは、腰のナイフに手を伸ばす。しかし、柄をつかむより先に、クリアウォーターのこぶしが襲いかかってきた。カナモトはやむなく応戦する。
炎と煙の中で、二人の男は己の肉体のみを駆使して殴り合うという、もっとも原始的な戦いを演じた。カナモトは何度か、柔道の要領で相手を投げ飛ばそうとした。しかし、相手は武術の心得があるようで、つけいるスキを与えない。一方、クリアウォーターの重い打撃は、ことごとくいなされるか、防がれて、なかなか決定打にならなかった。
そのまま、膠着状態が続くかと思われた時だった。
二人の耳に、近づいてくるサイレンの音が聞こえた。消防車が来たのだ。一瞬、そちらに気を取られ、カナモトの反応が遅れる。
それが勝敗を分けた。
クリアウォーターのこぶしが、カナモトのみぞおちにめり込んだ。
カナモトはふらつき、後ろに倒れ、頭をまともに地面に打ちつけた。
後頭部から血を流して失神する男の姿を、クリアウォーターは数秒、呆然と見下ろした。それから、自分がなすべきことを思い出して、猛然と行動にうつった。
「--カトウ!!」
気絶したカナモトを放置し、クリアウォーターは最愛の男の姿を求めて、再び煙に飛び込んだ。
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