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第22章① 一九四七年八月

 その場所は、いつも硝煙の匂いが漂っていた。  都内の某射撃場。ここ最近、カトウは時間をつくってそこを訪れては、拳銃の射撃訓練をしていた。  四十五口径の拳銃は反動が大きく、耳栓をしていても発射音は完全にはシャットアウトできない。特に屋内の射撃場は音が壁や天井に反響して、外より余計に鳴り響く。  しかし今、その音は一時的に止んでいる。代わりに、陽気そうな中年男がパチパチと拍手する音がした。 「いや、若いのに見事な腕前だな。軍曹」 「……どうも」  耳栓を外したカトウは、最小限の返事をした。立っている射撃レーンの床面に、ひしゃげた金属のかけらが転がっている。先ほどまでたむろしていた酔漢二人が、ふざけて投げ入れたコーラの王冠の成れの果てだ。直径二十七ミリの金属の円盤は、時速七十キロほどでレーンに侵入し、相対距離六メートル二十センチで、カトウの銃から放たれた45ACP弾に一撃で射抜かれた。  背後で口をあんぐり開ける二人組に、拳銃を置いたカトウは冷ややかな視線を向けた。 「はしゃぎたいのなら、外でやれ。危ないし、迷惑だ」  決して大きな声ではなく、口調も抑え気味だ。しかし、目の前のチビの日系二世が見かけよりはるかに剣呑な人物だと、二人に知らしめるには十分だった。射撃の技に加え、カトウの腕に付けられた二等軍曹の腕章も、ものを言ったようだ。自分たちよりはるかに小さく、腕力もなさそうな男の前から、二人はすごすごと逃げ出した。  カトウはそのまま、また射撃に戻るつもりだった。しかし、たまたま近くで一連の光景を目撃していた中年男が、カトウに話しかけてきた。平服姿のその男を、カトウはこの場で前にも、見かけたことがあった。ただし口をきいたことはないし、名前も知らない。多分、GHQに雇われた民間の技術者かなにかだろうと、勝手に推測した。  男はキャドウェルと名乗った(名前も聞いたはずだが、カトウは忘れた)。名乗られて、仕方なくカトウも名前を告げると、キャドウェルは鷹揚にうなずいた。 「カトウ軍曹か。さっきの射撃は、度肝を抜かれたぞ。どうやったら、あんなに小さくて、しかも不意打ちで飛んできたものを撃ち落とせるんだ?」 「……特別なことはしていません。ただ、狙いをつけて撃っただけです」  カトウはありきたりで、無難な説明をした。  事実は、少し異なる。  静止しているものなら、カトウは他の射撃手と同じように狙いをつける。ただし、対象が動いているものの場合はーー説明が難しい。動くものが来る場所を予測して、そこに銃口を合わせる。「弾を乗せる」という感覚は、口で言っても中々、理解されないだろう。  幸い、キャドウェルはそれ以上、突っ込んではこなかった。聞いてきたのは、別のことだ。 「小さい頃から、銃に馴染みがあったのか?」 「いいえ。軍に入隊してからです」  訓練キャンプに入るまで、カトウは玩具の銃さえ握ったことはなかった。日本で過ごした少年時代は、いつもいとこやその悪友たちに銃を頭に突きつけられ、小突かれたり、蹴られたりして、地面に倒れる死体役ばかりやらされた。  キャドウェルはさらに質問を重ねる。 「入隊したのは戦中か? どこの部隊だ」 「第442連隊戦闘団です」 「イタリア、フランス戦線に派遣された日系人連隊だな」  すぐに言い当てられて、カトウは驚く。加えてキャドウェルの姿を見て、目をしばたかせた。  カトウがほんの少し目を逸らしていた間に、あちこちシワのよった服が、アメリカ陸軍の制服に変わっていた。翼を広げたワシの徽章は、着用する者が堂々たる大佐であることを示していた。  その姿で、キャドウェルはカトウに言った。 「ーーあの牧師を見かけたら。即、撃ち殺せ」  言い終えるより先に、複数の銃声が四方八方から上がった。  カトウは脊髄反射で、テーブルに手を伸ばす。そこにあったのは四十五口径ではない。より殺傷力が強く、遠方の敵も射抜けるガーランド銃だ。  それをつかんだ瞬間、周囲の景色が一変した。

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