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第22章③

 日がのぼる直前の時間に、カトウたちは何とか攻撃開始となる目標地点へたどり着いた。中隊はすぐに展開し、ドイツ軍の攻撃がいつ始まっても即応できるよう準備する。  そんな中、中隊長のギルがいつもの凶相をひっさげて、カトウのところへやって来た。ギルはカトウに双眼鏡を手わたし、山頂近くの一角を指差した。 「見えるか? あのあたりに、けっこうな数が潜んでいる」 「ーー確認しました」 「俺たちの中隊は、あのドイツ野郎たちを叩き出して、ねぐらを占領する」  カトウはもう一度、双眼鏡をのぞき込む。太陽がのぼったおかげで、はっきり見える。堅固な地盤を巧みに使い、ドイツ兵たちは大型のトーチカのような要塞を築いていた。カトウたちの中隊が進軍する前に、まず野戦砲部隊による一斉砲撃が行われる予定だが、あれでは効果はあまり期待できないかもしれない。 「一帯の地図と突き合わせて、進軍ルートを策定した。いつも通りだ、チビ助(ショーティ)。俺のそばでついて来い」  中隊を率いる身でありながら、ギルは常に最前線で戦ってきた。危険をかえりみない大尉に、副官や部下たちは今まで幾度もやめるよう求めてきたが、ギルが聞き入れることは一度もなかった。口さがない味方の中には、 「心配しなくても、あの頑丈さだ。砲弾が命中して頭がなくなっても、胴体だけでドイツ軍に突撃するんじゃないか」  などと、冗談混じりに失礼なことを言う者もいる。幸い、ギル本人もその守護霊も規格外の強靭さを持つようで、今日まで大きな怪我もなく至っている。そしてカトウは、「テキサス大隊」救出の頃から、ほとんどの戦いでギルの隣に立ってきた。  まもなく、カトウの足元から地鳴りのような音が轟いた。味方の野戦砲隊の攻撃が始まったのだ。それは、戦闘開始を告げる鐘の音だった。  野戦砲隊は、時に攻撃する側の予想を凌駕する破壊力を発揮する。とりわけ、複数の砲兵隊が時間を精密に合わせて、ひとつの攻撃目標に一斉に砲弾を撃ち込む時には。この戦術は「同時着弾(タイム・オン・ターゲット)」と呼ばれ、成功すれば着弾した一帯に甚大な被害をもたらす。堅固な防壁も、戦車も、武器弾薬も、全てまとめてミキサーに放り込まれたようにスクラップと化す。当然、人間も例外ではない。  カトウは一度だけ、「同時着弾」を受けたドイツ軍の陣地跡を見たことがある。地獄絵図と呼ぶのもおこがましい凄まじい光景が広がっていて、二度と見るまいと心に決めた。  しかし、今日の戦いで「同時着弾」の戦略は採用されていない。ドイツ軍は山のあちこちに散開して、連合国軍を待ち構えている。一ヶ所を壊滅させても、残りが無傷なら防衛線は維持できる。そして、半日もすれば、つぶされたはずの陣地に新たに補充兵が送り込まれ、拠点として復活する。それを考えれば、弾幕が薄くなっても山全体に砲弾を降らせた方がまだ効果的だ。各拠点にある程度の損害を与え、しかるのちに歩兵部隊を投入して制圧していく。今回、司令官もそちらの戦法を選んだ。  言うまでもなく、砲撃の難を逃れたドイツ兵たちは、近づいてくるアメリカ兵たちを見つけると、猛烈な反撃をしてきた。  カトウとギルたちの中隊も、攻略目標との距離が縮まるにつれて、敵方から激しい応射に見舞われた。 「足の動くやつは、前に進め!!」  敵味方の機関銃の音の合間に、ギルの叱咤の声が響く。中隊長として、二百名もの兵士を率い、いくつもの戦いを切り抜けてきた男だ。攻めるべき時を心得ている。部隊の先頭で山を這い上がっていく大尉の背後で、カトウはガーランド銃を手についていく。  ドイツ軍陣地との距離は、まだ三百メートルほどあった。すでに向こうは迫撃砲や機関銃に加えて、ライフル銃で近づいてくる敵を追い払おうとしている。戦意は低くない。  そして、勇気があるものの、不注意な兵士が岩壁の向こうから頭や顔をのぞかせ始めた。  ほんの数秒であっても、カトウは相手のおかした致命的なミスを見逃さなかった。  引き金を引く。一人目。連続して、また引き金を引く。二人目。一度は怯んだが、五分とたたない内に、応戦しようと身を乗り出した者がいた。そいつの額を撃ち抜き、三人目。  短時間で仲間を立て続けに失い、陣地内のドイツ人たちは激怒したようだ。機関銃が一帯に猛烈な掃射をかける。カトウは地面に伏せる。掃射が止むと、再びギルや他の兵士と共に前進を開始した。

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