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第22章⑦
カトウはさらに、スザンナに事件のことを打ち明けようとした。
しかし口を開くより先に、二人組の軍人がカトウのいる病室に姿を表した。対敵諜報部隊 大阪支部の要員たちだ。彼らは軍務に関する話をすると言って、民間人のスザンナに席を外すよう求めた。
「…わかりました。じゃあ朝食をとって、また戻ってきます」
スザンナは去り際に、病院着ごしにカトウの腕を軽くさすって、
「ありがとう、軍曹」
と小声で礼を言った。その時になってはじめて、スザンナがまったく化粧をしておらず、くたびれ果てていることにカトウは気づいた。スザンナは今、京都に住んでいる。クリアウォーターが入院したと連絡を受けて、取るものもとりあえず、駆けつけたのだろう。一睡もしていないに違いない。戻ってきたら、彼女にこそ休むように言わねばと、カトウは心にとめた。
対敵諜報部隊 から来た二人組はそれぞれ、マクスウェル准尉、ホンダ軍曹と名乗った。
病室に残されたカトウに、主にマクスウェルが、昨夜から今日まで判明したことを語った。その内容は、沈みきっていたカトウの心をさらに重くするものだった。
カトウと共に突入した七人のうち、生きて工場を出られたのは半数に満たず、さらにその内の一人は今朝方、治療のかいなく息を引き取った。鎮火した後、焼け跡からは四人の遺体が見つかり、焼け残った服や認識票から、全員が対敵諜報部隊の要員だと特定された。突入を指揮した大尉も、そこに含まれていた。
「カナモトの亡骸は、見つかってないのですか?」
カトウのその言葉を聞くなり、二人の顔に驚きが走った。
「軍曹は、カナモトを目撃したのか? 見間違いではなく?」
「見間違いじゃない」
カトウは強い口調で言った。
「奴を射殺しようとして、失敗した。逆にカナモトにライフルを向けられたが、救援にやって来たクリアウォーター少佐が、カナモトと戦って奴を殴り倒した。幻なんかじゃない」
カトウの証言は、マクスウェル准尉たちを混乱させた。工場突入時に、カナモトがまだ内部にいたことを、対敵諜報部隊 はまだ認知していなかったからだ。
マクスウェルは平静を取り戻すと、新たに判明した事実を伝えるべく、ホンダに電話をかけて来るように命じた。
日系二世の部下が出ていった後、マクスウェルは再び口を開いた。
「残念だが、現時点で発見された遺体は、先ほど言った四人のものだけだ。カナモト・イサミか、あるいはその可能性のある遺体は、今のところ見つかっていない」
その事実はカトウを戦慄させた。
まだ発見されていないだけで、探せば焼けこげた死体が転がり出るかもしれない。
だが、意識を取り戻したカナモトが、あの炎と煙の中から脱出していたとしたら?
殺人鬼は今回も、まんまと逃げおおせたことになる。
「通報者である今村和時は?」
カトウは昨日、尋問した男のことを思い出した。
昨日、廃工場に駆けつけた時点で、今村はカナモトの毒牙にかかった被害者だと目されていた。しかしその後、起こった事態から、むしろカナモトの協力者だった可能性が出てきた。
「四人以外の遺体がない、ということは。今村も、まだ見つかっていないのでしょう?」
「いいや」マクスウェルは即座に否定した。
「イマムラ・カズトキは、彼の住むアパートにいた」
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