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第22章⑧
マクスウェルは、今村を発見した経緯をかいつまんで話した。
工場での火災の鎮火後、現場検証が開始されるのと時を同じくして、今村が住むアパートへ対敵諜報部隊 の要員が派遣された。
そして彼らはまもなく、人事不省におちいった元パイロットの青年を見つけたのである。
今村は息があり、ただちに病院へと搬送された。医師の診断では、何らかの毒物を経口摂取した結果、中毒症状を引き起こしているらしい。残念ながら、何を口にしたかはまだ分かっていない。対処療法を続けつつ、飲んだ毒物の特定を急いでいるところだった。
「イマムラは、この病院の別の階にいる。目が覚めたら、尋問も行えるのだが…今は回復を待つしかない」
「カナモトに、毒を盛られたんでしょうか?」
「断言はできないが、その可能性は低くないと考えられる」
今村が搬送された後、対敵諜報部隊の要員によって、アパートの部屋の捜索と周辺への聞き込みが開始された。カナモトに繋がる手がかりが、わずかでも残されていることを期待してのことだ。
そして、短時間の捜索は、予想もしなかった形で報われた。
「室内の押し入れから、日本人パイロットたちを写した写真が何枚も発見された。その中の一枚が、金本勇の姿をとらえていた」
マクスウェルの言葉に、カトウは目をみはる。
准尉は、うなずいて言った。
「今、写真の複製を作っている。東京の対敵諜報部隊へ送る予定だが…その前に、カトウ軍曹。カナモトの姿を目撃した貴官に、本人かどうか確認をしてもらった方がいいだろう」
マクスウェルはホンダと共に写真を取りに行き、一時間もしないうちに病院へ戻ってきた。
「ーーこれが、金本勇の写真だ」
マクスウェル准尉が差し出した紙片を、カトウは緊張した面持ちで見た。
写真には、戦闘機をバックに二人のパイロットが並んで写っていた。どちらも、二十代半ばくらいだろう。頭をすっぽり覆う帽子をかぶり、額にゴーグルをつけていたが、顔ははっきり写っていた。
ひと目見て、カトウは確信した。
「こいつです」
片方の男を、カトウは指さした。
「間違いない。こんなに目玉が大きくてマネキンみたいな顔をした男は、そうそういない」
探す相手は殺人鬼だ。たとえそう思ったとしても、「美男子」などという言葉をカトウは使いたくなかった。
興奮もあらわに顔を上げたカトウは、そこで、マクスウェルとホンダが奇妙な目でこちらを見ていることに気づいた。
二人とも、西から太陽が昇るのを見たような、奇妙な面持ちをしていた。
「……軍曹。そいつは、金本勇じゃない」
ホンダの指摘に、カトウは驚いて写真を見返した。
モノクロの世界のパイロットたちは、上半身に太いサスペンダーのようなものを身につけていた。それが落下傘をつけるための縛帯だと、カトウは後に知ることになる。
目を凝らすと、その縛帯の右胸のあたりに、名前と階級が記してあった。
「金本勇曹長」は、カトウが指ささなかった方の男だった。
肩幅が広く、武骨な顔つきで、カメラのファインダーの向こうにいる人間を射抜くような鋭い目をしている。それは、クリアウォーターやカトウたちが追い続けてきた「カナモト」とは、似ても似つかぬ男だった。
カトウは息をのみ、「カナモト」の姿を見つめた。
縛帯に記された墨痕淋漓とした字は、小さくともはっきり読み取れた。
黒木栄也大尉、と。
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