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第22章⑨

--一九四五年六月、知覧。   「--直掩隊の複数の搭乗員が、目撃しました。金本勇曹長が乗る『(はやぶさ)』は、米軍のP-51戦闘機に体当たりし、海へ落ちていきました。その直後、米軍側は明らかに混乱し、士気を喪失して、沖縄方面へ逃亡しました。金本曹長が体当たりした機体に、特別な塗装が施されていたこととあわせて考えるに、彼が葬ったのは、敵部隊の隊長機だったのではなかったかと思われます…」  特攻作戦に関わる佐官たちの前で、「はなどり隊」の今村和時少尉は報告を行った。  本来、このような業務は隊長の黒木が行うことだ。しかし黒木は知覧へ戻ると同時に、再び庁舎の一室に軟禁された。だから、副隊長の今村が代役でそれを務めている。  もっとも、仮に自由の身であったとしても、黒木が冷静に報告できたかは怪しい。  美しく傲慢な大尉が、あんなに取り乱し、狂乱したところを今村は見たことがなかった。  金本の最後を、今村は直接、見てはいない。しかし、生き残った何人かが言っていた。 --黒木大尉は、敵のP-51に追いつめられて、撃墜される寸前だった。 --誰も、黒木大尉を助けられる位置にいなかった。 --金本曹長は、我が身と引き換えに黒木大尉を助けたのだ……。  誰かが、多分、柴田だったか。「ご立派な最後だった」と言っていた。  確かに、そう見えるかもしれない。しかし今村は、「立派だ」という言葉をどうしても首肯できなかった。  疲労困憊した今村の身体と心は、にぶい痛みと悲しみに支配されていた。  失ったのは、金本だけではない。「はなどり隊」の面々が何人も、今日の戦いで帰らぬ者となってしまった。墜ちたのが海だから、亡骸を見つけて葬ってやることすらできない。  永久に、海底へ沈んでしまった彼らのことを考えると、今村は申し訳なさでいっぱいになった。  やっとの思いで報告し終えた後、その場に場違いな拍手の音が上がった。今村は我が耳を疑い、音の発する方へ目を向けた。 「いやいや。実に、劇的な最期だ」  今村の報告を聞いていた佐官の一人。小脇順右少佐が、愉悦もあらわに言った。  今村は小脇について、ほとんど何も知らない。第六航空軍が置かれた福岡からやって来たらしいことや、黒木との間に浅からぬ軋轢があると、噂で耳にしたくらいだ。  だが、一つ言えることがある。小脇少佐の態度は、ひどく不快だった。  まるで金本が死んだことを心底、喜んでいるように今村の目に映った。 「--せめて(いた)んでいただけませんか?」  年齢も、階級もはるか上の男に、今村は低く言った。普段なら、佐官相手に抗弁するなど思いもよらなかっただろう。小脇の言動は、それほど目に余った。 「金本曹長は死んだんですよ」 ーーあんたらの命令で。特攻機に乗せられたせいで……。  もし直掩機のままなら、そうはならなかっただろう。怒りの言葉を、今村は飲み込む。  しかし、今村が発した苦言は、薄っぺらい冷笑で報いられた。 「(いた)む? おかしなことを言うな、少尉。金本は名誉の戦死を遂げたんだ。朝鮮人でありながら、日本人と肩を並べて、靖国に祀られるのだ。朝鮮人の分際で、これ以上望めぬくらいのほまれだ。ありがたって当然のことを、(いた)むなどと言うのは、見当違いも甚だしいぞ」  その言い分は、今村をぞっとさせた。  小脇は目の前の男を痛ぶるかのように、哄笑を響かせ、追い討ちをかけた。 「死してなお、金本は英霊として大日本帝国を、そして天皇陛下をお守りする役目を与えられたのだ。なんと、素晴らしいことか! ああ、今村少尉も遠からず、その栄誉に浴す機会を得るやもしれん。そうなった時は、せいぜい先達の金本を見ならって、米兵を道連れにいさぎよい最後を迎えるんだな」

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