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第22章⑱
驚くべきことに、降りた島で、松岡は死んだと思われていた特攻隊員たちに出迎えられた。数は七、八人。全員、松岡より先に知覧や万世の飛行場から出撃した者たちだった。彼らは皆、慢性的な食糧不足のせいで、ひどく痩せこけており、長い者では、もう一ヶ月以上、島にとどまっているという話だった。
話を聞き、気の毒に思った松岡は、持っていた航空食とタバコを全て、彼らに分け与えた。その気前の良さが功を奏し、すぐに篠原 という男と打ち解けることができた。篠原はかつて、松岡と同じ飛行戦隊に所属しており、「べにひわ隊」から、特攻隊員に選出された男だった。
「二度ほど、陸軍の重爆が迎えに来たんだけどね。一機に乗れるのは十四、五人が限界だろう。それで、乗れなかった連中がここに残っている」
「二度も…じゃあ、前はもっと特攻隊員がいたのか?」
「そうだ。多いときは、四十人近いお仲間がいた。ただ、迎えの重爆のうち、一機は島を離陸してすぐに、敵さんの夜間戦闘機にやられちまった。もう一機は無事に飛んでいったが…あんた、内地に戻った特攻隊員がどうなったか、噂でも聞いとらんか?」
「…いいや。まったく何も」
松岡は、特攻に行った者が生き残っていることも、その一部が内地に戻ったことも、この島に来て、初めて知った。
驚く中、松岡は徐々にあることが気になりだした。
「次の迎えは、すぐに来るだろうか?」
「そればっかりは、分からんね」
松岡に分けてもらった煙草をふかし、篠原は言った。
「ここから、少し離れたところに、海軍さんの守備隊がいる。迎えが来る時は、そこに連絡が入って、我々に知らせが来る。それを待つしかない」
篠原は煙をくゆらし、ちらりと松岡を見る。
「あとね。今、ここに出てきた連中は皆、次の迎えが来たら、内地で戻る気でいる。でも、これからあんたを連れて行く集落には、迎えが来ても、隠れて乗らんつもりの奴らがいるんだ。かりに内地に戻れても、そいつらのことは黙っといてやってくれ」
「…ここで、戦争が終わるまで隠れているつもりか?」
「まあ、そういうことだ」
篠原が髪の伸びた頭をかくと、そこからシラミが飛び出した。
「ここの生活は、正直キツい。元々、人が住んどるが、食べ物も水も、有り余ってるわけじゃない。それでも、本土に戻って、また特攻に行かされるよりは…というわけだ。その気持ちは分かるし、非難する気にはなれんよ」
篠原の言葉に、松岡も同意した。
篠原の口ぶりから、味方の輸送機なり爆撃機なりが島に来るまで、ひょっとすると何週間もかかるかもしれないと、松岡は覚悟した。
しかし、予想に反し、不時着から八日目に迎えが来た。深夜、島で唯一の飛行場に陸軍の重爆撃機が着陸した。それに乗り、松岡は篠原たちと共に九州へ戻ることができた。
ただし、そこから待ち受けていたのは、思い返すのも厭 わしい過酷な日々だった。
「--貴様らはゴミ虫以下だ! 惰弱に冒された、病原菌に等しい存在だ。隔離して、徹底的にその腐れた性根をを排除しない限り、娑婆 に戻ることは許されんぞ!!」
松岡たちは、知覧飛行場ではなく、福岡の第六航空軍の本部に近い施設へ連れて来られ、そこでひと月近く、軟禁状態に置かれた。元々、女学校の寄宿舎だった建物で、第六航空軍の小脇順右少佐が、特攻隊員たちの「再教育」を取り仕切っていた。一切の反抗は許されず、わずかでもそうした態度を見せれば、たちまち立ち上がれなくなるまで、竹刀で殴りつけられた。
それは「教育」の名を借りた虐待であった。そして、施設に入れられた特攻隊員たちの中で、特に小脇ににらまれたのが、松岡であった。
「貴様は、卑怯者の中の卑怯者だ。去勢された犬にも劣る意気地無しめが!」
松岡が施設に入ったその日から、小脇は事あるごとに衆前に引きずり出して痛めつけた。
「一度ならず、二度も命を惜しむとは。貴様がいた『はなどり隊』の金本勇は、壮烈な戦死を遂げたというのに。同じように死ぬべきだった身で、恥を知れ!!」
「……なら、俺にもう一度、特攻を命じてください」
ある時、我慢が限界を越えた松岡が、床にはいつくばった姿で小脇に言った。
その時点で、すでに頭や身体を、何度も竹刀で打ち据えられ、青あざだらけになっている。
「今度こそ、アメリカの船に突っ込んで見せます……」
松岡の必死の請願は、一方的な殴打で報いられた。額を殴られた松岡は、たまらず床に昏倒した。頭上で小脇が何か喚いているが、それすらよく聞こえない。
…やがて不安定な視野の中で、小脇が一度、姿を消し、ほどなく戻ってくる。
それから、松岡の前にバラバラと何かをぶちまけた。
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