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第22章⑲

 今までも、小脇は痛めつけた特攻隊員に似た仕打ちをしてきた。彼らのわずかな私物をさらし、家族の写真や便りを探し出して隊員の前に突き出し、謝罪するよう強制するのだ。 「『自分は卑怯者です。命を惜しんで、死ねないバカ者です。生きているに値しない卑怯者で、死んだ方が世の中のためになります。親不孝者で申し訳ありません』と言え!!」と。  この時、小脇は松岡が持っていた手紙の束の中に、他よりくたびれた封筒をめざとく見つけた。松岡の顔色がサッと変わる。小脇は封筒をぞんざいに床に落とし、中の便箋に目を通した。すぐに、その顔がいやらしくゆがんだ。 「…なんだこれは。え? 貴様はとことん情けない奴だ。つまらん小娘一人のために、命を捨てられなかったのか? くだらん。実にくだらん! 貴様が死んだところで、その女は別の男の妻となり、そいつの子を孕むだけだ。貴様のような卑怯者のクズの嫁になるより、そちらの方がよほど幸せというものだ!」  小脇は床に倒れる男を罵倒し、便箋を二つに破った。さらにそれを重ねてビリビリと引き裂く。何度も、何度も。執拗なほど細かくちぎり終えると、松岡が見ている前で、窓からばら撒いて捨てた。  …その日から数日、松岡は寝込んだ。島で知り合った篠原が介抱してくれて、しばらくすると傷は癒え、体調も戻ったが、心の方は永遠に元通りにならなかった。  妄想の中で、松岡は小脇順右少佐をあらゆる方法で死に至らしめた。無論、現実では、とてもそんなことは実行できない。  そう思っていた。  ひと月後、松岡は施設を出て、大阪の飛行場へ送られた。誰もが、本土決戦は近いと考えていた。そうなれば今度こそ、アメリカ兵を道連れにして死のうと思った。  そうして、さらにひと月が経って、八月十五日が来る。  死ぬつもりでいたし、死にたかったにも関わらず、その機会を得られぬまま、松岡は終戦を迎えた。  敗戦後、松岡は一度、福島の実家へ戻ろうとした。その道中、東京の調布飛行場へ足を伸ばしたのは、完全に感傷のなせるわざだ。  松岡は知らなかったが、この頃、今村和時少尉が、入れ違いになる形で調布から大阪への帰路についていた。もし、どこかで今村と再会し、話す機会があれば、その後、松岡は違う道を歩めたかもしれない。  しかし、実際にはそうならなかった。東京で再会したのは、別の顔見知りだった。  上野駅近くで、松岡は飛行服姿で街を練り歩く男を見かけた。首には目立つ傷跡。その横顔を目にして、松岡は目をみはった。 「…(あずま)?」  はなどり隊の搭乗員、東智伍長。松岡がその姿を見るのは、実に半年ぶりのことだった。  近づいてきた松岡に気づき、東の方もびっくりした表情を浮かべた。しかし、その口から再会をことほぐ言葉は出なかった。松岡より年若い青年は、首の戦傷のせいで、声を発せられなくなっていた。だから、 「『はなどり隊』の松岡か?」  背後から上がった声に、松岡はまた驚く。  振り返った先に、「らいちょう隊」の蓮田周作少尉が立っていた。

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