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第22章⑳

 …松岡は空から、視線を地表に戻した。  周囲に人影がないことを確かめると、稲藁の積まれた場所を離れ、西へ向かう。そのまま牧場の敷地を囲む防風林へ、足を踏み入れた。  カラマツの間を早足で歩く。もうすぐ待ち合わせ場所に着くというところで、松岡はガサガサという音を聞きつけた。 「……誰か、いますか?」  緊張を押し殺して呼びかける。その声に、薮から出てきたのは、タヌキの親子だった。  思わず、拍子抜けした直後、 「よう。時間通りだな」  薮の向こうから、複数の男がぞろぞろと現れた。皆、松岡と似たり寄ったりの格好だ。先頭に立つ男の唇に、斜めに傷が走っている。蓮田だった。  松岡は蓮田に目礼した。 「…こちらに」  それ以上、無駄口は叩かず、一行を林の中にある作業小屋に連れて行った。そこは木を伐採するための工具などを保管する場所で、伐採作業に当たる従業員が休憩できるよう、屋内の一角には畳も敷かれていた。  普段なら人がいるが、今日、小屋の周囲は静まり返っていた。エンペラー(天皇)を迎え入れるために、昨日から伐採作業は全て一時、中断状態に入っていた。従業員たちも、他の部署に手伝いに入っている。  松岡はあらかじめ盗み出した鍵で、小屋の扉を開けると、連れてきた蓮田たちをすみやかに屋内に入れた。閉めきられていた屋内は、むっとして暑かった。しかし、しのげないほどのものでもない。 「昨日のうちに、水と乾パン、それからスイカをいくつか運び込んでおきました」  松岡が告げると、蓮田が「ご苦労さん」とねぎらった。 「こっちも、一応、食い物を持ってきた。二日間くらいなら、余裕だ。見張りは?」 「今は、それほどいません。従業員は皆、エンペラー(天皇)を迎える準備で忙しいですから。でも、今夜からは厳しくなります。茶碗や湯呑みだけで、普段より百以上は、多く用意されています」 「だろうな。今夜は、来なくていい。明日も、人の目があるなら無理をして近づくな。最終局面で動けたら、それで十分だ」 「了解です」  松岡は言った。そろそろ、仕事に戻るべき頃合いだ。長居して不在を怪しまれたら、元も子もない。蓮田たちと話をするのは、明日の夜までお預けだ。  計画通りに運べば、一晩中、語り明かせる。  松岡は蓮田たちに別れを告げた。  そして、小屋の外から扉に鍵をかけ、小走りで厩舎へと走っていった。

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