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第23章①

「すまんが、カトウ軍曹。俺の頭は、大混乱のまっただ中なんだ。こんなしっちゃかめっちゃかになるのは、ガキの頃にカリフォルニアの祖父様(じいさま)の家で、大地震(※一九〇六年のサンフランシスコ大地震)に遭って以来かもしれん」  電話の受話器の向こうで、第八軍憲兵司令官のキャドウェル大佐ががなりたてる。 「対敵諜報部隊(CIC)や、お前さんの話を整理すると、だ。お前さんとクリアウォーター少佐はカナモト・イサミの過去を調べるために、大阪へ行ったはいいが、そこで罠にはめられ襲撃された。クリアウォーターは目下、意識不明の重篤状態で、お前さんは動いて話せる程度には軽症。で、ここからが一番、肝心な部分だ。カナモトの正体が判明しそうだが、そいつは金本の上官だった黒木栄也という大尉で、しかも襲撃現場からそいつの死体はまだ出てきていない。つまり。今回も、まんまと逃げ出したかもしれんということで、間違いないな!」 「はい。間違いないです」  興奮する大佐相手に、カトウは答える。普段なら、階級差に恐れをなして、極度に緊張しておかしくない状況だ。けれど、今はカトウ自身が判明した事実に対する驚愕が大きすぎて、心を萎縮させる機能が一時、麻痺状態にあるようだった。  カトウは言った。 「今、対敵諜報部隊(CIC)の大阪支部が、関西地区の日本警察に連絡を入れ、黒木の緊急手配に動いています」  その命令を出したのは、対敵諜報部隊(CIC)を統轄する上位機関。参謀第二部(G2)のW将軍であった。  さらにカトウが対敵諜報部隊へもたらした情報は、時をおかずして「カナモト・イサミ」を追ってきた第八軍憲兵司令部にも伝わった。衝撃を受けたキャドウェル大佐は、より詳しい状況を知りたくて、カトウたちが入院する病院へ直通電話(ホットライン)をかけてきた次第だった。 「…やつは東京から逃げて、大阪に来た」  考えを整理するためだろう。キャドウェルが言葉を継ぐ。 「だが居場所がバレた今、すでに他の場所に移動している…あるいは、そう見せかけて、まだ市内に潜伏しているか? どのみち、最初に重点的に調べるべきは鉄道駅だ。少なくとも、東京から大阪へ向かうのに、列車を使ったのは間違いない。もう、対敵諜報部隊(CIC)が手をつけているだろうが…」  キャドウェルは受話器ごしに嘆息する。 「カトウ軍曹。お前さん、軽傷だそうだが、東京へ戻って来られそうか?」  その質問に、カトウはすぐに返事ができなかった。 「戻って来られるなら、戻ってきてくれ。昨日、そちらで起こった事件の当事者で、まともな証言ができるのは、お前さんだけだ。電話ごしの尋問では、まどろっこしくてやってられん」 「…おっしゃる通りです。しかし…」 --クリアウォーター少佐は?  カトウが東京へ戻るということは、今なお意識を取り戻さない赤毛の少佐を、ここに残していくということだ。  カトウの動揺を知ってか知らずか、キャドウェルは容赦なく告げた。 「お前さんに戻ってきてほしいと考えるのは、W将軍も同じだと思う」  …十五分後。キャドウェルの予言は的中した。  対敵諜報部隊の要員で、カトウに事情聴取も行ったマクスウェル准尉が、慌ただしく病室に現れた。 「カトウ軍曹。一時間以内に、伊丹空港へ向かってほしい。東京の本部から指令が下った。伊丹に輸送機を待たせているから、それに乗って東京へ直ちに戻るように、とのことだ」

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