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第23章③

 マクスウェル准尉の運転するジープで、カトウは大阪市内から伊丹飛行場へ向かった。すでに用意された軍服に着替え、腰には愛用する四十五口径の拳銃を下げている。 「到着予定地は、ジョンソン基地(※入間飛行場)だ。向こうに着いたら、対敵諜報部隊(CIC)の要員が待機しているから。彼と一緒に、参謀第二部(G2)へ向かってくれ」 「わかりました」  カトウは鞄を抱えて、滑走路脇へ降りる。百メートルと離れていないところに、銀色に輝くずんぐりした体躯のC-47輸送機が駐機している。その巨体を見て、カトウは少し怖気づいた。一ヶ月前、小型機に乗せられて酷い目に遭った記憶が、頭をよぎる。改めて、飛行機は自分には合わない乗り物だと、感じた。だが、駄々をこねている場合でもなかった。 「…二時間。二時間の我慢だ」  自分に言い聞かせ、カトウはタラップに足をかける。その直後、頭上からこの状況をさらに最悪なものにする声が降ってきた。 「やっと来たわね! おチビさん」  カトウはその場で硬直した。まさか、と思いつつ、搭乗口に目を向ける。 「あんまりにも遅いから。置いてきぼりにするところだったわよ、もう!」  大嫌いなエイモス・ウィンズロウ大尉が、サングラスを少し上げて、カトウににやっと笑ってみせた。 ーーたとえ、撃ち殺したいと思ったとしても。実行するのは、着陸してからだ。  ウィンズロウに対する嫉妬と殺意を、カトウはかろうじて押さえ込み、貨物室の中に設けられた座席に腰を下ろした。慣れない手つきで、なんとかシートベルトを装着する。パイロットたちを除けば、人間の乗客はカトウ一人だけだった。 「時間がおしているから、すぐ出発するわよ」  その宣言通り、カトウが怒りをつのらせる暇もなく、貨物室内にエンジンの爆音が響き始めた。滑走路を走り始めた機体は、あっという間に離陸に必要な速度を超える。生じたGによって、カトウは座席の側面に身体が押しつけられる。  胃が一瞬、ひっくり返りそうになる。それが治まる頃、すでに輸送機は巡行高度に達していた。  ガタガタと機体が揺れるたびに、カトウはひきつけを起こしたようにびくりとした。今まで、世の中の様々な恐怖を味わってきたが、飛行機の怖さは、また格別だ。話し相手もいない(ウィンズロウは操縦中だし、たとえ隣席にいたとしてもカトウは無視する)ので、なかなか、気をまぎらわすことも難しかった。  どうするか、と悩んだ時、手元の鞄に目がいった。  黒い手提げ鞄は、クリアウォーターの持ち物だ。マクスウェルから伝えられた指示で、赤毛の少佐が捜査中に持ち歩いていた資料や、得た情報を記したメモは全て東京へ持って来るように言われていた。カトウはスザンナの許可を得て、財布や身分証以外のものを、鞄ごと持って来ていた。  勝手に捜査資料を見ることに、いくばくかの罪悪感を覚える。それでも、クリアウォーターがカトウの気づいていない何かを、つかんでいたのではと思い、思い切って鞄を開けた。  最初に目についたのは、大判の封筒だった。読み始めてすぐ、それが金本勇が所属していた飛行隊について、まとめたレポートだと気づいた。カトウは知らなかったが、それは出発時にウィンズロウがクリアウォーターに渡した調査資料であった。 〈ーー一九四四年十一月より、我が国の陸軍航空隊は、日本に対する空爆に本格的に着手した。調布飛行場に所属する「トニー(飛燕)」で結成された飛行戦隊は、東京および名古屋方面に対する攻撃の際、迎撃に上がってきた者たちである。彼らのうちに、特に一九四五年以降、我が国の航空隊内で「マッドネス・トニー」のあだ名で恐れられたパイロットがいた。名前は、黒木栄也(大尉)。調査によって、黒木が一九二〇年、朝鮮半島の京城で生を受け、成長した後、日本の陸軍航空士官学校へ入校し、パイロットの道を歩み始めたことが明らかになったーー〉  揺れによる気持ち悪さをこらえながら、カトウは輸送機が再び着陸するまでの間、黒木の過去を記した資料を、一心不乱に読み込んだ。

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