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第23章⑤

「動機なんて。本人を捕まえてから、聞けばいいんじゃないですか?」  ウィンズロウがあっさり言い放つ。 「あの『マッドネス・トニー』が生きているなら、ワタシもぜひ話をしてみたいですし」 「…そうだな、大尉。しかし逮捕したとしても、貴官にその機会が回ってくるのは、かなり先になると、予言しておこう」  W将軍は言った。 「ウィンズロウ大尉の言うことは、もっともだ。殺人鬼の正体が明らかになった以上、動機の解明より、身柄の拘束を優先すべきだ。まずは関西地方全ての国鉄と私鉄の駅に、聞き込みだ。黒木はクリアウォーター少佐の拳銃で、片耳を損傷している。耳に包帯をしているか、あるいは髪や帽子で耳元を隠している二十代の男に、注意をするよう呼びかける。さらに四国、中国、それに九州地方の主要な鉄道駅に急いで手配書を回させよう。これは賭けだが、もし奴がさらなる逃亡を試みるなら、東京と大阪からできるだけ遠ざかろうとする心理が、働くはずだ」  将軍はてきぱきと方針を定める。それから副官を呼び出して、関係各所への連絡を行わせた。  それがひと段落した後、将軍はカトウとウィンズロウの方へ向き直った。 「今しがた、報告した内容を、今後のために報告書としてまとめてほしい。ちょうどU機関の人間が、応援要員として下にいるから、彼らに手伝ってもらってくれ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  …もし、カトウとW将軍たちのやり取りを、カナモトーー今や、正体が暴かれた黒木が聞いていれば、舌打ちしたことだろう。老将軍が予想した通り、黒木はまさにこの時、鉄道を使って西へ向かっていたからだ。ただし、あてのない逃亡の旅ではない。目的地がある。  そこに、仲間が待っている。千葉や、(あずま)たちがーー。  余計な寄り道をしたせいで、思わぬ怪我をした。耳の出血はすでに止まっていたが、痛みは続いている。ヤミ市で入手したカストリ酒で消毒したものの、きちんと手当しなければ、化膿してくるだろう。我ながら馬鹿なことをしたと、黒木は思った。  火災現場から、かろうじて脱出できたものの、このザマだ。  体格差があったとはいえ、朱髪男が、あれほど殴り合いに長けているのは予想外だった。あきれるほど、しぶとい。しかし、黒木が逃げ出した時、朱髪の男はカトウという軍曹を担いで、まだ建物内でよろめいていた。十中八九、あのまま火か煙に巻かれただろう。  そう考えれば、自分を追っていた男を亡き者にするという、当初の目的は果たせたわけだ。それで、よしとしよう。  満足すると、あくびが出てきた。列車の揺れと蓄積した疲労から来る眠気に負けて、黒木は目を閉じた。

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