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第24章⑤
「これを読んで最近、目にした単語があったら、教えてくれ」
「最近というと…」
「二週間以内だ」
ソコワスキーは自分の記憶力を過大評価しなかった。二週間より前に、一度しか見ておらず、特に印象にも残らなければ忘れている。
ヤコブソンは言われた通り、読み始める。そして一分足らずで「…え?」と声をあげた。
「どうした?」
「……黒木が敗戦の前年に、所属していた部隊。これ、尽忠報国隊の東智 が属していた部隊と同じです」
ソコワスキーはすぐにアカマツに命じて、警察署内にある東の資料を持って来させた。
ヤコブソンの指摘通りだった。さらに、対敵諜報部隊 に確認した結果ーーその情報はカナモト・イサミを捜査する過程で、クリアウォーターたちが探り出したものだーー黒木も東も調布飛行場に所属する「はなどり隊」の一員であり、上官と部下の関係にあったことが明らかになった。
これらの事実をどう考えたものか、ソコワスキーは、にわかに判断がつかなかった。
田宮たち尽忠報国隊と共に、エンペラー 誘拐をくわだてた元パイロットの東智。
旧日本陸軍の軍人を立て続けに殺害し、巣鴨プリズンで大量殺人を起こしかけた黒木栄也。
加えて、ソコワスキーの手元には、もう一つのピースがあった。焼失した田宮邸の金庫から発見された書類。それは、田宮が戦争末期に保有する山の一つを日本陸軍に譲渡し、「観測所」の建設に協力したことを示していた。
問題の山の特定に、ソコワスキーたちは二日かかった。だが、調べた甲斐はあった。そこからもっとも近い鉄道駅は、東智が切符を購入した際、降車先として駅員に書いて示した駅だったのである。尽忠報国隊のメンバーが「観測所」に潜伏しているかもしれないという、ソコワスキーの仮説は、現実味を増した。
しかし、「観測所」の正確な場所やその正体を突き止めるため、工事に携わった人間も探したものの、こちらは不首尾に終わった。
工事を行ったのは、地元の人間ではなかった。複数の証言を照合した結果、他所から連れて来られた朝鮮人の人夫たちだと考えられた。ちょうど田宮が山を譲渡した直後、複数回にわたって、朝鮮人の集団が鉄道駅や山の付近で目撃されていたからだ。
戦時中、徴兵された日本人労働者の代わりに、半島から連れて来られた朝鮮人が、日本各地の炭鉱や鉱山で危険な掘削作業に従事させられていた。そのことを、ソコワスキーも耳にしたことがあった。彼らの多くが、日本の敗戦とともに、海をわたって故郷へ帰っていったこともーー。
「人夫を探し出すより、実際に山へ行って『観測所』を探した方がいい」
ソコワスキーはそう判断した。そして、まさに今朝、準備を整えてヤコブソンや日本人の警官たちと共に、「観測所」が建てられた山へと向かう予定であった。
…机を前に、ソコワスキーは腕を組んで考えた。だが残念ながら、何も考えつかない。
一瞬、毛嫌いしている赤毛男のことが頭をよぎる。奸智に長けたクリアウォーターなら、ソコワスキーがどこに位置付けるべきか分からないピースを、正しい位置にはめ込んで、見事にパズルを完成させるかもしれない。しかし、ソコワスキーには無理だった。
半白髪の頭を振り、ソコワスキーは黒木の資料を封筒へしまった。
「ーーまずは、尽忠報国隊の連中と、田宮千代の行方を突き止めるのが先だ。予定通り、山へ向かう。途中で最寄り駅に寄って、東や他の連中が姿を見せていないか、確認するぞ」
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