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第24章⑥

 ソコワスキーたちが駅へ着いたのは、列車が到着する十分ほど前だ。アカマツを通じて、駅長から話を聞くが、残念ながら東や他のメンバーの目撃情報はなかった。収穫はなし。仕方なく、そのまま待たせている車に戻ろうとした時だ。  ちょうど列車が独特の鈍い音を響かせて、プラットホームにすべり込んできた。  乗降口が開き、目的地に到着した客たちが、まばらに降りてくる。ソコワスキーは反射的に、降りてくる日本人たちへ目を向けた。もっとも、ソコワスキーの目に映る顔はどれも、似たり寄ったりに見える。幼少期を日本で過ごしたクリアウォーターと異なり、ソコワスキーは、日本人の顔をそこまで見分けられなかった。  上官の心中を察し、アカマツが小声で言った。 「降りてきた者の中に、怪しいのがいたら。お知らせします」 「…ああ、頼む」  乗客たちが、次々と改札を通り抜けていく。  表面の剥げた旅行鞄を下げた中年男。実家から戻ってきたらしい母と子供。リュックを背負った行商の女。つい先日、船で帰国したらしい復員兵……ーー。  眼前を歩き去っていく者たちを眺めるうちに、ある人物がソコワスキーの目に止まった。どうして、気になったのか、ソコワスキー自身も最初は分からなかった。  ただーー何か、不自然さを覚えた。  その理由に思い至ったのは、最後の乗客が改札を通り抜けたあとだった。乗客を見送りながら、アカマツがあいまいな表情で半白髪の上司に言った。 「見た限り、尽忠報国隊のメンバーはいなかったと思います…」 「アカマツ。お前、リュックサックを背負った女の顔を見たか?」 「はぇ…? いえ。男しか、見ていませんでした」 「ヤコブソン」 「すみません。俺も男の顔しか…」  ソコワスキーはきびすを返し、早足で駅の外へ向かった。慌てて、アカマツとヤコブソンが追いかける。 「少佐! リュックの女の何が、気に入らなかったんです?」 「後で説明する!」   ーー今は夏だ。女が日除けに、布で髪や頭を覆うのは分かる。だが、あんなに首までしっかり巻き付けるのは妙だ。しかも、さっきの女。日本人にしては、かなり背が高かった……ーー。  駅の外は、そのまま農道に繋がっていた。蝉がせわしく鳴く中、ソコワスキーは白茶けた道をたどる。行商の女は、五十メートルほど先にいた。一瞬、車に乗って追いかけるべきかと思ったが、わずかな間でも目を離したら見失いそうだ。おまけに、道幅も狭い。  そうこうしている内に、女が曲がり角を曲がる。  ソコワスキーは走った。そして見失う前に、女の背中に追いついた。  人が近づいてくる気配を察したのだろう。追いかける相手が、足を止めて振り返った。  思いがけず、ソコワスキーはぎくりとした。しかし、女の顔をまともに見た瞬間、すぐに自分がとんでもなく間抜けな思い違いをしたと悟って、バツが悪くなった。  小ぶりな卵型の輪郭。大きな瞳。ツンとすました鼻梁。紅を薄く掃いた唇が、ほんの少し強張っているのは、見知らぬ男にーーしかも占領軍兵士にーー追いかけられたからだろう。  けれども、態度は堂々としたもので、やましさは感じさせる部分は、露ほどもなかった。  立ち尽くすソコワスキーの元へ、アカマツとヤコブソンが追いついてくる。  アカマツは女を一目見るなり、ひゅうっと口笛を鳴らしかけた。 「少佐。こりゃ、(ひな)には(まれ)な、なんとやらってやつですよ。ーーすごい美人だ」  きまり悪さを隠すために、ソコワスキーは軽薄な言葉を吐く部下をジロリと睨んだ。それから、女に向かって、知っている数少ない日本語を投げかけた。 「モーシワケナイ」  謝罪の意図は伝わったようだ。女は声を出さずにうなずくと、珍妙な三人組に背を向けて再び歩き出そうとした。  その時、ヤコブソンが出し抜けに言った。 「ーーアカマツ少尉。彼女に、被り物を取るように言ってください」 「え? なんでじゃ」 「あのひと。化粧のせいで分かりにくいけど、似てるんですよ。手配書にあった似顔絵に…」  ヤコブソンは最後まで言えなかった。女がくるりと振り返る。  そして猫のような大きな瞳で三人を撫で、紅を差した唇を蠱惑的な角度に傾けた。  日系二世のアカマツは、その凄艶な表情に見惚れた。ヤコブソンも、複雑な模様の羽を持つ蝶を見つけたように、目が離せなくなった。  ただ一人。ソコワスキーだけが、女の双眸に一瞬、闘気がはじけたのを認めた。  にも関わらず、いまだ信じられないという思いが、必要な身体の反応を鈍らせた。  次の瞬間、半白髪の少佐めがけて、恐ろしい速さで女の拳が飛んできた。  強烈なストレート・パンチをアゴに見舞われ、ソコワスキーの足が地面から三センチは浮いた。視界が半回転する。それでも窮鼠のごとく、ソコワスキーはが無我夢中で手を伸ばした。  指先が、加害者の被る手拭いにかかると、それを引きちぎるように奪い取った。  短く切った髪があらわになる。そして、片方の耳には幾重にも包帯が巻かれていた。

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