469 / 474

第24章⑨

 コーヒーを飲み終える頃、ウィンズロウは今さら思い出したように言った。 「あ、そうだ。実はジープにもう一人、積んでるから。そこのところ、よろしくね」 ーー積んでる?  「乗ってる」の言い間違いだと思って、カトウはさほど気にしなかった。 「………」  朝食を終え、支度を整えたカトウは外で待っているジープへ向かう。そこで、ウィンズロウの言い分が正しいことを認めた。  後部座席に明らかに体調の悪そうな軍人が、安物の家具のように無造作に積まれていた。  半分白目をむき、夏空を仰ぎながらうなっている点は、家具と異なったが。 「……先に病院に寄った方が、良くないですか?」 「あなた、お医者さんに診てもらいたいの?」 「いえ、俺じゃなくて。この……中尉の方を」  肩につけられた徽章を、カトウは指差した。「あー…」と、ウィンズロウは生返事をする。 「必要ないわ。ただの二日酔いだから」  ウィンズロウは容赦なく青年の頬を、指で弾いた。 「ちょっと起きなさい、ローラン! カトウ軍曹も一緒に、調布に行くことになったから」  中尉からの返事は、言語化できないうめき声だった。ウィンズロウは「しょうがない」とばかりに、首を横に振った。 「この二日酔い男は、ローラン・アラルド中尉。こんなだけど、素面の時はまあまあ有能なレーダー手よ。ちなみに昨日、ヤケ酒してコレだから」 「何か、あったんですか」 「ローランの元カノが、元カレより少しばかり男前で、背が高くて、優しい男と結婚したらしいわ。ついでに、お金の方も持ってるみたいでね。ま、傷心する気持ちは分かるわ…」  ウィンズロウとアラルドの関係を、カトウはよく知らなかった。少なくとも飲みすぎて前後不覚になっているなら、連れて帰ってやるくらいには近しい間柄らしい。 「そんなに、心配しなくていいわよ。この調子なら、昼過ぎくらいには多分、復活するわ」  ウィンズロウはそう言って、運転席に乗り込む。カトウはやむなく、助手席のドアを開けた。後部座席はアラルドが占拠しており、カトウより明らかに体調がよくない中尉に、席を変わるよう求めるのは憚られた。  カトウは調布飛行場を訪問するのは、二度目だった。前回来たのは、ひと月前である。その時はスザンナに導かれるまま、初対面のウィンズロウが操縦する小型機に乗せられ、東京上空を飛んだ。記憶は鮮明だが、残念ながら百パーセント楽しいものでもない。ウィンズロウが縁日の香具師(やし)のごとく、大胆な曲芸飛行を披露した結果、カトウは盛大に胃の中のものを吐き出すハメになったからだ。  ウィンズロウは前回と同じように、滑走路脇にジープを停車させる。降りたカトウは周囲を見渡した。ここに来る道中、ウィンズロウと話して、黒木と金本がいつ出会ったか聞いた。  ちょうど三年前の八月。調布飛行場に金本勇は着任し、黒木栄也率いる「はなどり隊」の一員となった。  今まさに、カトウが立っている場所を、黒木や金本も何度も通ったに違いなかった。

ともだちにシェアしよう!