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第24章⑪
「調布飛行場に、アメリカ軍のパイロットが初めて降りたのは、四五年の九月になってからだったわ」
歩きながら、ウィンズロウは敗戦後の調布飛行場のことを語る。
「最初に降りたのは、海軍の戦闘機「コルセア」よ。それから海軍航空隊の人間がやって来たわ。その後、飛行場内に残っていた日本軍機はすべて集められて、解体処分を待つことになった」
ウィンズロウは、飛行場内の一角にある「射場」へカトウを導いた。そこは航空機に搭載する機関銃が、照準通り正確に撃てるかをテストする場所だった。射場の東側には小川が流れている。川辺に近づくと、飛行機の翼らしい残骸が雑草に包まれて横たわっていた。
ーー夏草や 兵 どもが 夢の跡ーー
昔、耳にした芭蕉の一句が、カトウの頭に浮かんだ。
「日の丸の塗装が見える? あれは、日本の三式戦闘機の主翼…その成れの果てよ」
ウィンズロウの褐色の瞳に、かすかに悲しむ色が浮かぶ。敵機とはいえ、無残なその姿には憐れみを覚えるらしかった。
「ワタシが来たばかりの頃、このあたりにはもっと多くの残骸があった。でも、移動したり、解体されて消えていった。大きな部品で今、残っているのは、あれくらいよ」
「まるで、墓石みたいですね」
「言い得て妙ね。日本人の屑鉄屋も、あれには手をつけないそうよ。なんでも、戦死したパイロットたちの亡霊が、あの残骸の周りに、夜な夜な集まるらしいから」
怪談まがいな話を聞いても、カトウは何も思わなかった。戦地でそんな話は、くさるほど聞いたし、カトウや仲間の命をおびやかすのは、いつだって生きている人間だった。
朽ちるに任せられた翼を眺め、ウィンズロウが言った。
「実は、調布に来たばかりの頃。もしかしたらと思って、黒木の機体も探してみたの。でも、見つからなかったわ」
「探すのに役立つような、目立つ特徴でもあったんですか?」
「ええ。黒木の三式戦闘機の尾翼には、図案化された桜の花と月が描かれていた。黒木の部下だった今村に確認したから、間違いないわ。四五年の四月ごろ、黒木の部隊は、三式戦から別の新型機に乗機が変わった。元の機体はしばらくの間、調布に残されていたそうよ。でも、その後の行方はわからないわ」
あちこち歩き回り、巨大な屋根を持つ大格納庫に戻って来た時には、すでに昼食時になっていた。
飛行場内に、残念ながら食堂はない。勤務者が少なく、採算が取れないからだ。だから、ウィンズロウは来る途中で食糧を買い込んでいた。
大尉が湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れる間に、カトウは電話を借りて、自分の仕事場であるU機関 にかけた。
二回のコール音がして、間伸びした声が受話器から聞こえてきた。
「はーい。こちら日米戦史共同編纂準備室でーす」
「トノーニ・ジュゼベ・ルシアーノ・フェルミか?」
「あれ、ジョージ・アキラ・カトウ? どうしたの。今日は一日、お休みしなきゃいけない日でしょ。ちゃんと寝てる?」
「ああ、寝てたんだけど…」
同僚に嘘をつくことに、カトウは若干のためらいを覚える。
「ちょっと気になることがあって。ニイガタ少尉か、アイダ准尉がいたら、二階から呼んできてくれないか」
「分かった。待ってて」
フェルミが立ち去る気配が、受話器ごしに伝わる。しばらくして、また別の声が上がった。
「カトウか。どうしたんだ?」
ニイガタだった。
「今日ばかりは、出勤したいと言ってもだめだぞ。サンダース中尉から、きちんと休ませるように念押しされとるからな」
生真面目な中尉の顔が目に浮かぶ。カトウは、自分の居場所を黙っておくことにした。
寮を出てほっつき歩いているとバレたら、おそらくサンダースに説教を食らうだろう。
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