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第24章⑭

「中々、興味深いじゃない」  飛行場へ戻る道中、ウィンズロウは判明した事実を並べてみせた。 「黒木は肉親と疎遠だった。恋人はおらず、結婚もしていない。寂しい私生活で唯一、親しくしていたのは部下の金本勇だった。そして、黒木は金本の名前を騙って殺人を実行したーー」  ウィンズロウは自分より二十センチ以上、背の低い男の顔をうかがった。 「あなたは、これらのことをどう考える? カトウ軍曹」 「……黒木と金本の間に、特別な絆があったのは確かだと思います」  カトウは慎重に言葉を選んだ。 「大阪で今村和時を尋問した時。クリアウォーター少佐が今村に、金本の印象を尋ねたんです。今村が言うには、金本は無口で、一人でいることを好む男でしたが、黒木とは親しくしていた、と…」 「親しくね……ひょっとして、二人が恋人同士だったとは考えられないかしら?」 「ウィンズロウ大尉は、想像力が大変、豊かなようですね」 「別に。同性愛者って、世間が考えるほど珍しいものでもないわよ」  ウィンズロウはうそぶく。 「ワタシの経験上、一個小隊の男がいたら、たいてい一人、二人は同性愛者か両性愛者よ。現に、ワタシとあなたと赤毛さんがいるじゃない」  ウィンズロウの指摘に、カトウは沈黙で応じた。  ウィンズロウの想像ーーもとい妄想に基づく仮説の正否は、置いておくとしても。黒木の過去には確かに、金本に親近感を抱く要素が存在している。  黒木の父親は日本人だが、生まれは朝鮮の京城(ソウル)だ。そして女中の話が事実なら、日本人には珍しく朝鮮語を話せた。今村が言うように、年が近い金本と気が合って、心を許せる間柄になっていても不思議ではない……。 「ーーしかし。それなら、なおのこと、黒木は殺人の汚名を金本に着せたんでしょう?」 「確かに、筋が通らないわね…」  ウィンズロウは「うーん」と呟き、しばし視線を中空へ漂わせる。 「ーーワタシやあなたには、理解ができなくても。黒木の中では筋が通っているのかも」 「筋が通っている?」 「第三者にとって、理屈に合わなかったり、意味不明だとしても、当人の中では理にかなっていたり、意味があったりする。そういうことって、世の中に案外、多いんじゃないかしら?」 「何かの理由があって、黒木は死んだ金本を殺人鬼に仕立て上げたと?」 「そう。たとえば、だけど。誰も知らないだけで、黒木は金本を恨んでいたかも知れない。その腹いせに、死者に鞭打つような行いをしたとすればーー理屈は通る」 「…やっぱり、想像力が豊かですね」 「一応、褒め言葉として受け取っとくわ。あるいは、黒木に殺された二人の男も、巣鴨で殺されかかった囚人たちも、元々、日本の陸軍の軍人たちだった。金本が生前、軍の上層部に恨みを抱いて死んだから、黒木が代わりに復讐を実行した、とか」 「そちらの方が、まだあり得そうですが…」  今村が言っていた。小脇順右は「はなどり隊」を潰し、金本はその最初の犠牲者となったと。今村も知らぬ裏面の事情を知った黒木が、河内や軍上層部に復讐を試み、金本の名でそれを行った……。  一見、筋は通りそうだが、やはり引っかかりが残る。  金本のための復讐であるとして、金本の名まで借りる必要はないのではないか?   ーー復讐。……復讐?  カトウは大阪で今村に会う直前に、クリアウォーターがつぶやいた言葉を思い出した。 ーー復讐が、万人の認める正義になるなんてことが、果たしてありえるか?ーー 「…復讐ではなく、正義をおこなっているつもりなら。金本の名を騙ることに、まだ意味があるのでは?」 「え、どういうこと?」 「俺たちは、黒木の動機が復讐だとばかり考えていますが。ひょっとしたら、その前提が間違っているかもしれないと、ふと思ったんです」 「それで正義……なるほど。黒木は殺人を行ったけど、本人がこれを後ろ暗い行いではなく、正しい行いだと思っているのなら。金本をその実行者に据えてもおかしくはないーーというところかしら」 「はい…」  カトウはクリアウォーターがどんな文脈で、その言葉を言ったか思い出そうとする。  だが、あの時、カトウは恋人に心を閉ざし、意識的に目をそむけていた。だから、どういう経緯でクリアウォーターがそんなことを言ったのか、どうしても思い出せなかった。  調布飛行場の門の前にたどり着く頃、カトウは決意した。 「一度、U機関へ戻ります」  そこには今までの捜査資料がある。なにより、クリアウォーターが大阪で得た情報や、思考を書きつけたメモが一式、保管されているはずであった。

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