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第25章⑦

 蓮田は再び肘掛け椅子へ戻った。座って、さてどう時間をつぶすかと思案しかけたところで、エンペラー(天皇)と目が合った。 「ーー君たちの目的は、何だ?」  恐れも怯えも見せず、エンペラーは蓮田に尋ねた。 「最初は私を殺すつもりかと思ったが、それならとうに手を下している。誘拐というのも、どうにもしっくりこない。一体、何が目的だ?」  淡々とした言葉に、蓮田は感心するより言いようのない異質さを覚えた。  不気味さと紙一重の、得体の知れなさ。だが、妙に腑に落ちる。  エンペラー(天皇)は今でこそ、人間ということになっている。けれども、ほんの少し前まで、人ならざる者として、万民に奉られてきた。 「待っているんですよ」  蓮田は短く言って、付け加える。 「天から裁きがくだるのを、待っている」 「…それは、どういう意味か?」  その質問に、蓮田はすぐに答えない。振り向かぬまま、部屋の扉を守る仲間に声をかける。 「柴田。自分で言うか? それとも俺が伝えるか?」  名前を呼ばれた青年は、その場で硬直する。しかし、すぐに決断を下した。 「扉の見張りを、少しの間だけ交代していただけますか」 「おう」  蓮田と入れ替わる形で、柴田はエンペラー(天皇)の前に立った。  椅子には目をくれただけで、座りはしない。口を引き結び、しばし人質たちをにらむように見つめる。  エンペラーの傍らで正座する侍従は、柴田を「若い」と感じた。見たところ、襲撃犯たちの中でもっとも年が浅く、ひょっとすると二十歳になっていないのでは、と思われた。 「……俺は、神だと聞かされてきたんです」  発せられた声は最初、掠れていた。 「生まれた時から、現人神(あらひとがみ)だと聞かされてきた。それが、ある日突然、神ではなかった、人間だったと言い出された。そのことに、どうにも納得できないんです。だって、そうでしょう? 元々、人間だったとして神を名乗っていたのなら、それは神を騙る嘘つきだったってことになる。仮に本当に神さまだとして…それを辞めたいからやめるというのは、あんまりに安易で無責任じゃないですか?」  言葉を重ねていく内に、柴田の声は鋭く熱を帯びたものとなった。 「ラジオで、『耐えがたきを耐え忍び』と流れた翌日、俺の父は家の鴨居で首をくくって自死しました。軍人でも何でもない。たまに道場で剣術の指南をする、ただの田舎百姓だった。だけど、日本は絶対に勝つと信じて疑わなかったし、誰かを戦地に送り出す時も、そう言って激励していた。日本が負けるなんてことは、父にとって耐えられなかった。耐えしのぶことは恥で、そうするくらいなら死を選んだ。『馬鹿な死に方をした』って、陰で言われましたよ。でも、本当にそうなんでしょうかね…」  柴田は、涙声で絞りだした。 「日本は神国で、負けるはずがないーーその信念を打ち砕かれて、父は絶望して命を絶った。父が信じていたことも、俺が聞かされてきたことも、全部、嘘っぱちだった。悪いのは、騙された父や俺たちですかね? それとも…」  柴田は充血した目を人質へ向ける。  エンペラー(天皇)は口をつぐみ、答える様子はなかった。  柴田はそれ以上、問いつめはしなかった。乱暴に顔をぬぐい、再び自分の役目へ戻る。慰めるつもりだろう。蓮田が一度、柴田の肩を強くつかんでうなずいた。 「ーー夜明けまで、まだ大分、時間があります」  椅子に戻り、蓮田は言った。 「遺書を書くなり、辞世の句をひねるなり、好きにすればいい。まあ、どのみち残ることはないでしょうが」  エンペラー(天皇)は黙ったままだ。かわりに、青ざめた侍従が叫ぶ。 「お前たち……恐れ多くも、陛下を弑したてまつるというのか!!」 「手を下すのは俺たちじゃない」  蓮田の表情に、一瞬、恍惚としたものがよぎる。 「観音さまより美人で、閻魔大王より容赦のない『羅刹女』が、空から舞い降りてくる。その時、怒りの炎が全てを焼き尽くす。この建物にいる人間は、おそらく誰も生き延びられんだろうよ」

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