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第26章④

 絶句するカトウに向かって、キャドウェルは語り続けた。 「いいか。これは本当なら、お前さんにすべきでない話だ。だが、黒木が事件を起こした当初から、クリアウォーター少佐と一緒に、奴を追っていた立場ということをかんがみて、話してやるーーお前さんの言う通り、九州から離陸した二機の戦闘機の片方に、黒木が乗っている。九州でやつに襲われた対敵諜報部隊(C I C)の人間が、参謀第二部(G2)のW将軍に報告を上げてきた」  セルゲイ・ソコワスキー少佐だと、カトウは直感した。 「報告した人間は、黒木がエンペラー(天皇)を誘拐するつもりだと話していた。だが、その時点でだな。岩手にいる対敵諜報部隊(C I C)の要員と、日本警察を通じて、エンペラーが宿泊先でテロリストたちの人質になったという報せが、東京に届いていた。マッカーサー元帥やW将軍たちは、これが同時多発的なテロの可能性があると考えて、都内に戒厳令を敷くべきか検討しているところだ。もちろん、エンペラー(天皇)の救出にも、手を尽くしているが…」  聞くうちに、カトウの胸のうちに敗北感がじわりと広がった。 ーーまたしても、黒木に出し抜かれた。  その時、カトウの横から、会話を盗み聞きしていた大尉がするりと割り込んできた。 「ちょっと、失礼するわよ。おチビさん」  ウィンズロウは自失するカトウの手から、あっさり受話器を奪った。 「ーーもしもし。カトウ軍曹がショックを受けているので、電話を変わりました。こちら、先日、大佐にお目にかかった第五航空軍のエイモス・ウィンズロウ大尉です」  キャドウェルは意外に思った。カトウとウィンズロウが行動を共にしている理由が、とっさに思い当たらなかった。  大佐が口を挟む前に、ウィンズロウは滅多にない真面目な口調で言った。 「僭越ながら、提案を一つしてもよろしいでしょうか。でもその前に、黒木が離陸した正確な時刻と場所、それから大体でいいので巡航速度を教えていただけます?」 「…大尉。貴官の提案というのは、日本占領始まって以来のこのカタストロフィ(大災害)な状況を、少しでも好転させられるものか」 「まさしく」 「ーーまったく。かん口令を立て続けに破る俺の身にもなってくれ。バレたら、始末書では済まんぞ」  文句を一つぶつけた後、キャドウェルは早口でまくし立てた。 「黒木は九州南部の熊本県〇〇郡、北緯XX度▷▷分、東経YY度◆◆分から、午前零時四十分ごろに離陸した。各地の飛行場に設置してあるレーダーの記録から計算した結果、大体時速三百から三百五十キロで、北東へ進んでいる」  ウィンズロウはアラルドを呼び、管制部の壁に張ってある日本地図を持って来させた。  紙の地図をテーブルに広げ、懐中電灯で照らしながら、キャドウェルから聞いた情報を確認していく。 「出発地点の熊本から、岩手にいるエンペラー(天皇)の元まで、およそ四時間前後。ちょうど日の出の頃に着く計算ね。今が午前二時すぎだから、今から二時間半後ーーうん、間に合うわ」  ウィンズロウは、笑みをひらめかせた。 「キャドウェル大佐。ご存じかもしれませんが、現在、占領下の日本に、夜間飛行任務ができる航空隊は、残念ながら一つもありません。我が軍の戦闘機部隊が迎撃に上がれるのは、太陽が昇った後です」 「知っている。だから、黒木を撃ち落とすために、東北地方に散らばっている高射砲部隊を叩き起こしている最中だ」 「じゃあ、このことは初耳でしょうね。ーー実は、夜間戦闘が可能な機体が一機だけ、ワタシがいる調布飛行場にあるんですよ。大戦中、ワタシが飛ばしていた淑女(レディ)が」 「…なんだって?」 「夜間爆撃戦闘機、P61。通称、『ブラック・ウィドウ』。彼女を飛ばせば、エンペラー(天皇)の元に着く前に、黒木たちを撃墜できます」

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