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第26章⑤

 ウィンズロウの言葉を聞き、キャドウェルは思わずつぶやいた。 「マジか?」 「はい。操縦はワタシがやります」 「いや。ちょっと待て、待てーー」  キャドウェルは冷静さを保とうとする。  それに水をさすかのように、ウィンズロウが言った。 「高射砲それ自体の性能はともかく。飛び回る戦闘機を狙って撃ち落とせる熟練兵を、そろえられる見込みはあります?」  キャドウェルは、すぐに答えられなかった。 「外れた砲弾が市街地に落ちた場合、当然、死傷者が出ます。日本軍が真珠湾を奇襲した時、ホノルル市民が死傷する悲劇が起こりました。もちろん、戦闘機が落ちる場所次第では、どのみち被害は避けられないでしょうが…」  大佐は口を挟まない。ウィンズロウは相手が真剣に耳を傾けていると知って、たたみかけた。 「いちばん最悪なのは、高射砲を使っても止められず、戦闘機がエンペラー(天皇)のいる宿泊所に突っ込むことです。ワタシは、政治に疎いんですが。エンペラーが殺された場合、我々、進駐軍にとって、かなり大きな痛手になるんじゃないですか?」 「…まず間違いなく、とんでもない痛手になる」  キャドウェルは大きくため息を吐いた。 「まったく、おかしな世の中になったものだ! まさか我々アメリカ人が、日本のエンペラー(天皇)を人質に取られて、右往左往する日が来るとは…ーーウィンズロウ大尉!!」 「はい」 「貴官の言う夜間爆撃戦闘機は、すぐに動かせるシロモノか?」 「ええ。近々、最終飛行を行う予定で、整備してもらっていました。燃料と弾薬さえ積めば、いけます。幸い、近くに住んでいる整備兵たちも、空襲警報を聞いて飛行場に駆けつけてくれましたので」 「よし。じゃあ、あとひとつだけ聞くぞ。これまで散々、こちらの追跡をかわして、逃げ回ってきた殺人鬼パイロットを撃ち落とす自信は?」  大尉の問いに、ウィンズロウはふてぶてしい自信をこめて答えた。 「ただ、命じてください。『撃墜しろ』と。これでもワタシ、お偉いさん方にいくつも無理難題をふっかけられましたがーー全部、完遂させてますので」  受話器の向こうで、キャドウェルがはじめて笑い声を上げた。 「ーーいいだろう。了解した。地上のお偉いがたは、俺が手を回して説得する。だから、貴官は心おきなく準備して離陸しろ。今すぐだ! あのクソ殺人鬼野郎に、絶対に朝日を拝ませるな!!」  ウィンズロウは電話を切り、管制部に集った面々を見わたした。  陽気な茶色の目が最初にロックオンしたのは、言うまでもなく整備兵たちだった。 「はーい、整備のみなさん。お察しの通り。知り合いのお偉いさんから無事、言質(げんち)が取れたんで。出撃準備に、取りかかってちょうだい。格納庫の電灯、つけてもかまわないから。離陸目標時間は、五十分後よーーさあ、行って(ゴー・ナウ)!!」  その叱咤の言葉で、整備兵たちは一斉に格納庫を目指して走り出した。  整備兵たちが走り去るのを見届けたウィンズロウは、彼の相棒へ顔を向けた。  アラルド中尉は、これ以上ないくらい苦りきった表情で大尉をにらんだ。 「……最低な提案をしてくれたな」 「そんなに悪い話でもないでしょう? 少なくとも、夜間飛行手当はつくわ」 「そういう問題じゃない!!」 「分かってるわよ」  ウィンズロウはうそぶいた。 「でも、来てくれるでしょう、ローラン。レーダーを操るあなたがいなかったら、目隠しされて飛ぶようなものだもの」 「……」  アラルドは断るのにふさわしい理由を探した。ウィンズロウが納得し、そして自分自身も納得できる理由を。だが、まことに残念なことに、にわかに見つけられなかった。  アラルドは後悔した。見境なく男と寝る倫理観が堕落しきった大尉と、早々に腐れ縁を断ち切っておくべきだった。それを怠った自分が悪い。  寝ぐせの残る茶色の髪を、アラルドはガリガリと引っかき回した。 「くそ! あんたと組んで飛ぶのは、これが最後だからな!! 戻ってきたら、俺は転属願いを出すぞ。ガールフレンドには捨てられるし、戦争が終わったのに、頭のおかしい日本人パイロットの撃墜に行かされるし…もう日本にはこりごりだ! 何がなんでも本土(メイン・ランド)に戻ってやる!!」 「はい、はい。どうぞご自由に」  ウィンズロウはヒラヒラと手を振った。 「パイロットとレーダー手は確保っと。あとは射手ね。誰か、戦闘機の機銃操作に自信がある人いたら、名乗り出てちょうだい」  ウィンズロウが志願者をつのる。すると手が、一本だけ上がった。  持ち主の顔を見た瞬間、ウィンズロウは見なかったことにしかけた。 「……ちょっと、カトウ軍曹」 「俺が行きます」

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