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第26章⑦
小柄なカトウは、今村と比べて六、七センチ背が低い。それでも、残されていた服をなんとか着ることができた。その頃には、ウィンズロウとアラルドも、自分たちの飛行服に着替え終わっている。
ウィンズロウはカトウの姿をざっと眺め、軽くうなずいた。
「不格好だけど、なんとかいけるでしょ。あとは、救命胴衣と落下傘ね」
「……俺、落下傘降下の訓練を受けたことがないんですが」
「きちんと装着されていたら、そんなに難しくないわよ。適切な高度でヒモを引いて、ひらけた平地に足から着地すれば問題なし。まあ、まれに降りてる途中でヒモが絡まって、墜落死するケースもないわけじゃないけど」
「………」 大問題である。
「安心しなさい。ワタシも落下傘を実戦で使ったことは、一度もないわ。撃墜されたことがないから」
そばで大尉の発言を聞いたアラルドが、ボソリと言った。
「今夜が、最初の一回にならなけりゃいいな」
すかさず、ウィンズロウがレーダー手をつとめる中尉に、強めのひじ鉄を入れる。
二人のやりとりを眺めるカトウは、一抹の不安を抱いた。
というより、これから経験するであろう出来事に、ともすれば未知の恐れが募った。
カトウ自身、無理は重々、承知している。ウィンズロウに指摘されるまでもない。輸送機に乗るだけで、気分を悪くする人間が、戦闘機に乗って戦うなど愚行の極みである。十中八九、役立たずで終わるに決まっている。
それでもウィンズロウが射撃のできる人間を募った時、カトウに志願しない選択肢はなかった。
黒木栄也は、アメリカ軍と日本警察を散々、翻弄し、行く先々で死体を量産してきた。なにより、クリアウォーターを生死のふちに追いやった元凶だ。この手で葬る絶好の機会を、みすみすのがす気はなかった。
カトウは、自分に言い聞かせた。
やることは単純。少しも難しくない。パラシュートで地上に降り立つより、ずっと簡単だ。
狙って、撃って、殺す。
今まで、さんざんやってきたことである。場所が地上か空中かの違いがあるものの、すべき行いに本質的な違いはない。
黒木への殺意と復讐心が化学反応を起こし、恐怖を中和する。おくれて、普段、覆い隠されている冷徹な兵士の一面が、むき出しになるのをカトウは感じた。
もっとも、外に出て、サイレンの鳴り止んだ滑走路を進み、駐機する黒塗りの双発機を見た途端、再び本能的な恐怖が湧いてきた。
アメリカのノースロップ社製。夜間爆撃戦闘機P-61は、全長が四十九フィート(約十五メートル)、前幅が六十六フィート(約二十メートル)。二つのダブルワスプエンジンを備えており、片方だけで二千馬力を超える出力をほこる。キツネのように長く突き出た前部に、レーダーを搭載しているため、重量は燃料を満載すると十二トンを超える。しかし、設計自体が優秀なため、大きさと重量に比して、運動性能は極めて軽快だーー。
というようなことを、カトウは以前、フェルミに教えてもらった。もっとも、航空機の知識が皆無に等しいカトウには、何がどうすごいのか、いまだによくわからないのだが。
そのフェルミは、飛行服を着たカトウの横に立ち、羨望と不安の混じった眼差しを、P-61と同僚の横顔に向けた。
「いいなぁ。戦闘機に乗れるなんて。でも、大丈夫?」
「正直に言うと、乗る前から吐きそうだ」
カトウは白状し、少し離れたところにいるウィンズロウを見やった。頭をすっぽり覆う帽子に、麦わら色の髪を入れた大尉は、整備兵と機体の最終チェックを行なっている。
「…ウィンズロウ大尉には言わないでくれ。いまさら、降ろされるのはゴメンだ」
「いいよ。そのかわりジョージ・アキラ・カトウ、約束して」
「何だよ」
「このまま、勝手にどこかに行かないでよ」
カトウは思わず、フェルミの顔を見返した。甘く柔和な右半面と、無惨に崩れた左半面を。フェルミは顔の半分を失ったのと同じ刻に、所属分隊の仲間たちを奪われた。そしていまだに、その死を受け入れておらず、彼らが自分を置いて去ったのだと、思い込んでいる。
U機関のニッカー軍曹が殉職した時も、同じ思考で折り合いをつけていた。
「ーー安心しろ。ちゃんと戻ってくる」
カトウは断言した。
「戻ってきたら、この飛行服姿、スケッチしていいぞ」
「え、いいの?」
「描きたくて、うずうずしているんだろう。見え見えだ」
「あれ、ばれちゃってたか」
フェルミがくすくすと笑う。その様子に、カトウの緊張が少しだけやわらぐ。
そこにウィンズロウが、長い手足を翻してやって来た。
「さあ。最終チェックも済んだから。いよいよ機内に入るわよ」
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