507 / 510
第26章⑫
「待ち伏せをしましょう」
そう提案したのは、カトウだ。
「今、海上を低空飛行してレーダーの目から逃れているとしても。いずれは高度を上げて陸へ上がってくる。黒木の狙いはエンペラー なんだから、エンペラー が人質になっている場所の上空で待ちかまえていればいい」
「悪くない案ね」
ウィンズロウは「でも」と続ける。
「黒木だって、待ち伏せは警戒していると思う。そして、向こうは二機編隊。忍び寄って、一機を攻撃したら、その瞬間、必ず片方は気づいて、回避行動を取るわ。もし撃ちもらして、そのまま夜明けを迎えたら…」
「どうなるんです?」
「最悪、残った方の一機が、目標に突っ込むでしょうね。仮に五百ポンド爆弾を一つでも抱え込んでいたら、落下地点にある建物は全壊する。中にいる人間も、ただじゃ済まない」
「じゃあ、どうすれば…」
「あなたの案の一部を、変えるのよ。ーーローラン!」
ウィンズロウは、尾部にいるレーダー手に呼びかけた。
「東北地方の地図と地形図、積んできたわよね」
「持ってきている。岩手一県の拡大版もある」
「エンペラーが監禁されている場所の座標はわかる?」
「ああ。例の第八軍憲兵隊の司令官から聞いた場所を、出発前にチェックしてきた」
「さすが。そういう抜け目ないところ、大好きよ。惚れ直しちゃう」
ウィンズロウのたわごとに、アラルドは氷点下の沈黙で報いる。
ウィンズロウは、気にもとめずに続けた。
「エンペラー がいる座標から、南へ二十キロの地点を地図上におとして。そこから半円を描くように飛んでみるわ。こうすれば飛行ルート上で、黒木たちを発見できる公算が高いし、撃ちもらしても再攻撃をしかける余裕を持てる」
「地上の管制誘導は?」
「頼まない。こっちの意図を、黒木に悟られたくないから。いい? 今から淑女 の鼻先を地面に向けながら飛ぶ。レーダーに映る画像と、地形図を照合させて誘導してちょうだい」
「…簡単に言ってくれる」
「できるでしょ?」
「上手くいく保証はない」
「じゃ、やってちょうだい」
「…五千メートルまで上昇。その高度を維持して飛んでくれ」
「了解」
ウィンズロウが、スロットルを開く。首無し花嫁 号が高度を上げ始めた直後、無線機から、ウィンズロウが待っていた通信が入った。
〈第八軍憲兵司令部より。…えー、〈フライドチキンを用意しろ〉? 繰り返す。〈フライドチキンを用意しろ〉。以上〉
ウィンズロウは酸素マスクの下で、ニヤリと笑った。
出発前。麦わら色の髪の大尉は、第八軍憲兵司令官であるキャドウェル大佐と、電話ごしに取り決めを交わしていた。
「上層部を説得できて、黒木の撃墜許可がおりたら、地上から無線で知らせてください」
「分かった」
「ただ、その際、機上の黒木に聞かれる可能性もあります。それに備えて、合言葉を決めておきましょう」
「そうだな。何にする?」
ウィンズロウは少し考えて答えた。
「撃墜許可がもらえたら。〈フライドチキンを用意しろ〉と言ってください。これなら、黒木が聞いても、何のことかわからないでしょうから」
「かまわないが…」
キャドウェルは、不思議そうに尋ねた。
「なんで、フライドチキンなんだ?」
「あら。チキン、お好きでしょう、大佐?」
ピンときていないキャドウェルに、ウィンズロウはわざとらしく言った。
先日、ウィンズロウがカトウたちに差し入れを持ってきた際、偶然、居合わせたキャドウェルに食い散らかされてしまった。そのことへの当てこすりだった。
ところが、当のキャドウェルはあっさり言った。
「いやぁ、別に、そこまで好きじゃないぞ」
ーーだったら、なんで半分以上、食べちゃったわけ?
ウィンズロウは、かろうじて突っ込むのを我慢した。
ともだちにシェアしよう!

