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第26章⑫

「待ち伏せをしましょう」  そう提案したのは、カトウだ。 「今、海上を低空飛行してレーダーの目から逃れているとしても。いずれは高度を上げて陸へ上がってくる。黒木の狙いはエンペラー(天皇)なんだから、エンペラー(天皇)が人質になっている場所の上空で待ちかまえていればいい」 「悪くない案ね」  ウィンズロウは「でも」と続ける。 「黒木だって、待ち伏せは警戒していると思う。そして、向こうは二機編隊。忍び寄って、一機を攻撃したら、その瞬間、必ず片方は気づいて、回避行動を取るわ。もし撃ちもらして、そのまま夜明けを迎えたら…」 「どうなるんです?」 「最悪、残った方の一機が、目標に突っ込むでしょうね。仮に五百ポンド爆弾を一つでも抱え込んでいたら、落下地点にある建物は全壊する。中にいる人間も、ただじゃ済まない」 「じゃあ、どうすれば…」 「あなたの案の一部を、変えるのよ。ーーローラン!」  ウィンズロウは、尾部にいるレーダー手に呼びかけた。 「東北地方の地図と地形図、積んできたわよね」 「持ってきている。岩手一県の拡大版もある」 「エンペラーが監禁されている場所の座標はわかる?」 「ああ。例の第八軍憲兵隊の司令官から聞いた場所を、出発前にチェックしてきた」 「さすが。そういう抜け目ないところ、大好きよ。惚れ直しちゃう」  ウィンズロウのたわごとに、アラルドは氷点下の沈黙で報いる。  ウィンズロウは、気にもとめずに続けた。 「エンペラー(天皇)がいる座標から、南へ二十キロの地点を地図上におとして。そこから半円を描くように飛んでみるわ。こうすれば飛行ルート上で、黒木たちを発見できる公算が高いし、撃ちもらしても再攻撃をしかける余裕を持てる」 「地上の管制誘導は?」 「頼まない。こっちの意図を、黒木に悟られたくないから。いい? 今から淑女(レディ)の鼻先を地面に向けながら飛ぶ。レーダーに映る画像と、地形図を照合させて誘導してちょうだい」 「…簡単に言ってくれる」 「できるでしょ?」 「上手くいく保証はない」 「じゃ、やってちょうだい」 「…五千メートルまで上昇。その高度を維持して飛んでくれ」 「了解」  ウィンズロウが、スロットルを開く。首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)号が高度を上げ始めた直後、無線機から、ウィンズロウが待っていた通信が入った。 〈第八軍憲兵司令部より。…えー、〈フライドチキンを用意しろ〉? 繰り返す。〈フライドチキンを用意しろ〉。以上〉  ウィンズロウは酸素マスクの下で、ニヤリと笑った。  出発前。麦わら色の髪の大尉は、第八軍憲兵司令官であるキャドウェル大佐と、電話ごしに取り決めを交わしていた。 「上層部を説得できて、黒木の撃墜許可がおりたら、地上から無線で知らせてください」 「分かった」 「ただ、その際、機上の黒木に聞かれる可能性もあります。それに備えて、合言葉を決めておきましょう」 「そうだな。何にする?」  ウィンズロウは少し考えて答えた。 「撃墜許可がもらえたら。〈フライドチキンを用意しろ〉と言ってください。これなら、黒木が聞いても、何のことかわからないでしょうから」 「かまわないが…」  キャドウェルは、不思議そうに尋ねた。 「なんで、フライドチキンなんだ?」 「あら。チキン、お好きでしょう、大佐?」  ピンときていないキャドウェルに、ウィンズロウはわざとらしく言った。  先日、ウィンズロウがカトウたちに差し入れを持ってきた際、偶然、居合わせたキャドウェルに食い散らかされてしまった。そのことへの当てこすりだった。  ところが、当のキャドウェルはあっさり言った。 「いやぁ、別に、そこまで好きじゃないぞ」 ーーだったら、なんで半分以上、食べちゃったわけ?    ウィンズロウは、かろうじて突っ込むのを我慢した。

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