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第26章⑬

 ウィンズロウが看破した通り、黒木と東は海上を低空で飛ぶことで、アメリカ軍のレーダーをかいくぐっていた。黒木はわざわざ整備の中山に言いつけて、計機盤のものと別に、精度の高い高度計を用意させていた。それが、役に立ったのである。  狙い通り、黒木たちがレーダーから消失したことで、アメリカ人たちは墜落したものと考えはじめた。飛び交う無線が、そのことを伝えている。  ただ、一度だけ。「フライドチキン云々(うんぬん)」という奇妙な言葉が聞こえたが、黒木は深く考えなかった。誰かが夜食を頼む無線が、たまたま混じったくらいにしか思わなかった。 ーーこちらの狙いがエンペラー(天皇)だと、気づかれていただろうか。  「正体不明機」は東京ではなく、東北方面へ向かっていた。そのことと、エンペラー(天皇)の監禁を結びつける人間がいたとして、おかしくない。  それでも、真実にたどり着ける者はいないだろう。「真相」が明るみに出るのは、全てが終わってからだ。  エンペラーが吹っ飛び、瓦礫の山と化した家屋の近くで、アメリカ兵たちは見つけることになる。「丹心歌」の最後の一句をーー。  黒木は飛行時計に目を走らせる。風防の外にも。つい先ほどまで、暗闇に溶け込んでいた「飛燕」の銀翼が、払暁の時刻が迫る中、その輪郭をあらわにしつつあった。 〈聞こえるか、東?〉  黒木は僚機に呼びかけた。 〈(から)になった増槽を捨てろ。再上昇する〉  すぐにモールス信号の返答が来た。 〈リ・ヨ・ウ・カ・イ〉 〈ーー未確認機を確認…!! 繰り返す。未確認機を確認した。消えたやつらが、また現れたぞ!!〉  その無線が入った時、ウィンズロウは、しびれを切らす寸前であった。 「…ずいぶん、遅い登場ね」  レーダー上から消失後、黒木たちはなかなか現れなかった。もしかすると本当に墜落したのではないかと、ウィンズロウは考えかけたほどだ。 〈未確認機、秋田市上空を通過中…ちょっと待て。おいおい、速いぞ!!〉  管制官の声が、裏返って乱れた。 〈速度が異常だ! どうなってる!? このスピードは…時速六百キロ近く出ているぞ!!〉  ゴーグルの下で、ウィンズロウも目をみはった。  日本の主要な軍用機の性能は、頭の中に入っている。時速六百キロ付近は、『疾風』や『飛燕』などが、水平飛行で出せる最高速度だ。  ウィンズロウは急いで機体を旋回させた。秋田市上空から侵入したということは、黒木たちは、そこからコースを真東にとるつもりだ。 ーーもう夜明けまで、何分もない…!  黒木たちは、本当にギリギリのタイミングを狙ってきた。  自分たちが目標を正確に視認でき、かつアメリカ軍の通常戦闘機による迎撃が間に合わない、一瞬の空白の時間。加えて、夜明けによってウィンズロウたちの姿も丸見えになる。   ーーでも、エンペラーが監禁されている牧場を探し当てるには、さすがに時間がいるはず。探知している間に、背後をとれば…ーー。  そこまで考えた時、ウィンズロウの目に、小さなオレンジ色の光点が映った。次の瞬間、それが焚き火の炎だと気づく。  レーダー手であるアラルド中尉のナビゲートによれば、あのあたりはちょうど、エンペラー(天皇)が今まさに監禁されている牧場の敷地だ…。 「…まずいわ」  ウィンズロウはうめいた。 「黒木の仲間が火をたいてる。炎と煙を目印に、目標を最短時間で探し当てるつもりよ!」 「地上にいる人間に、消火を頼むか?」 「もう手遅れよ! 見て、外。夜が明けるーー」  ウィンズロウが言い終えた直後、空と大地の境界が、(あかつき)の色に染まった。 

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