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第26章⑭
ウィンズロウは、まだ冷静さを保っている。だが、さすがに皮肉を口にする余裕はない。
夜は明けた。もはや、暗闇に乗じて黒木たちを葬り去るという、当初の案は放棄せざるを得ない。そして、エンペラー のいる農場への特攻を防ぐには、「首無し花嫁 」号自体をおとりにして、黒木の行く手を妨害し、格闘戦で撃墜するしかない。
「黒木たちの気を引かないと…」
だが、死を覚悟した人間たちが、たった一機の米軍機を見て、方向転換してくるか?
否。無視して、強引に突っ切る方を選ぶに決まっている。
よっぽど、この「黒衣の女王」を墜としたいと思う理由がない限りーー。
ーー考えなさい! 何か、方法があるはずよ!
「ウィンズロウ大尉!」
イヤーカフを通して、カトウの声が入った。
「黒木たちは、こちらの無線を聞いている可能性があるんですよね」
「? ええ。レーダー上から消えたタイミングを考えると、多分そうよ」
「つまり、こっちの声が向こうに伝わる」
「そうね…」
言いながら、ウィンズロウはカトウの考えが読めた。
「その案、採用!!」
ウィンズロウは叫んだ。
「……うまくいくか、分からないですけど」
「かまわないわ。ダメで元々よ。やってちょうだい!!」
まだ薄暗さの残る空を、鋭利な刃物で切り裂くように、「飛燕」たちが飛んでいく。
通常の倍以上の巡航速度で飛ぶ黒木たちは、接近しつつある首無し花嫁 号の存在に気づかない。気づいたところで、迎撃態勢をとることはなかっただろう。
秋田と岩手の県境に横たわる奥羽山脈をこえ、岩手側に入る。しばらく進めば、足下にたゆう灰煙が目に入るはずだ。
松岡が農場内に仕掛けた狼煙。それを目印に降下し、目標の建物へ突っ込む。長い夜を締めくくる最終幕だ。
黒木は、刹那の感慨にひたる。
その瞬間、銃声のごとき絶叫が、耳元で響きわたった。
〈…ーー黒木栄也ーー!!!!〉
声は鼓膜を突き破る勢いで、黒木の脳を揺さぶった。
声の主が日本語を話していると気づくのに、半秒遅れた。
〈俺が誰か分かるか? 貴様が大阪で、あの廃工場で殺し損ねた男だよ!〉
黒木の脳裏に、ある男の姿が、にわかによぎった。
アメリカ軍の制服を着た陰気な小男。
炎と煙の中、黒木をあやうく銃殺しかけた兵士ーー。
ーーカトウ軍曹…!?
〈俺が今、どこにいると思う? お前たちのすぐ近くだ。黒い双発機で、追いかけてる最中だよ〉
黒木は目をみはり、風防ごしに外をにらむ。
だが、まだ距離があるのか、機影は見えなかった。
〈いいか、よく聞け!! 貴様のしでかしたことは、全部ムダに終わるぞ!〉
カトウはぶちまけた。
〈貴様が金本勇じゃなくて、黒木栄也だってことは、もうバレてるんだよ。姿を見られたのに、俺を殺しそこねたせいだ。金本勇の名で、エンペラー を殺害しようっていう貴様の計画は、失敗したんだ。残念だったな、バーカ!!〉
その言葉が黒木に与えた衝撃は、この夜でもっとも大きいものだった。
カトウはなおも、言いつのった。
〈俺の上官を覚えているか? 貴様をぶん殴って、気絶させた赤毛の、背の高い男。あのひとは誰よりも早く、お前が金本じゃないって、気づいていた。 黒木!! 貴様はあのひとに負けたんだよ。頭脳戦でも、殴り合いでも。ーー当然だ。彼は俺が知る中で、最高の男だからな!! 貴様みたいな負け犬が、はなからかなう相手じゃないんだよ!!〉
カトウは息を吸い直す。酸素が供給され、肺に入り、叫び続ける身体に染みわたった。
〈というか、死にたいのなら、最初からそのへんの川に一人で身投げでもしろ! 人さまを巻き込む、はた迷惑な事件を起こすんじゃない、このダラァ!! 人殺しの濡れ衣を着せられた金本勇だって、迷惑なんだよ!ーーああ、俺はここから、お前のろくでもない死に様を見物させてもらうよ。悔しいか? なら、かかってこいよ。そのマネキンみたいな顔を、機銃でぶっ飛ばしてやる…!!〉
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