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第26章⑱

 戦闘機同士の戦いは、時にコンマ数秒の判断によって勝者が決まる。  『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号を操縦するウィンズロウは、同乗者たちに対して、いちいちどういう動きをするか予告しなかった。尾部にいるアラルドはある程度、慣れているが、射手席のカトウにとって全く初めての経験だ。  ゆえに、機体がいきなり六十度近く傾いた時、思わず照準器から手を離し、座席のへりをつかんだ。心臓が跳ねる。だが、ウィンズロウが事前にしっかり安全ベルトを調整してくれていたおかげで、床に転がり落ちることはなかった。  心拍が早まる。耳の奥で、脳が揺れる。カトウは息を吸って落ち着こうとするが、残念ながらすぐに効果は出ない。  そのまま、今度は床面が恐ろしい角度で下へ向かって傾いた。  借り物の飛行服に、安全ベルトが痛いくらい食い込む。苦痛を十分に味わう間もなく、今度は機体が上昇に転じて、座席に押しつけられる。  まるで、洗濯機の中に突っ込まれた洗濯物の気分だ。しかし、我が身に襲いかかる重力ばかり、気にするわけにもいかなかった。  おきあがりこぶしよろしく、前後左右に揺さぶられながらも、カトウは必死で風防ガラスの外へ目を向けた。二機の銀色の戦闘機ーー黒木ともう一人が乗る『飛燕』が、左方向にチラチラと姿を見せては、消える。『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号の背後を取ろうとしているのだ。  そうはさせじと、ウィンズロウは右へ旋回を続ける。そのせいで、少しずつ高度が落ち、地面が近づいてきているようにカトウには見えた。  カトウの感覚は正しかった。  この時、操縦するウィンズロウは、黒木に背後を取られまいと回避行動を続けていた。だが、旋回半径は飛燕の方が小さい。ただ回っているだけでは、いずれ追いつかれてしまう。   ウィンズロウはあえて高度を下げながら、反撃の機会をうかがった。  まもなく、チャンスがきた。追いすがってくる一機の飛燕と『首無し花嫁』号との相対距離が、百二十メートルまで迫った。もう一機は、さらに後下方にいる。  接近する飛燕の機銃が火をふく寸前、ウィンズロウは自機の機首を上げ、横転した。  後方から、『首無し花嫁』号を追い込んでいたのは(あずま)だった。  「撃てる」と思った瞬間、追いかけていた漆黒の獲物が、急に視界から消える。上へ逃げられたと、気づいたものの、スロットル全開の状態では、にわかに速度を落とせない。動きを予想していなかったため、方向舵やフラップの操作も間に合わない。  東の飛燕はそのまま、P-61の足元をつんのめるように、かすめて飛び去った。その背後にもう一機ーー黒木の飛燕が続く。  その光景を目にすると同時に、ウィンズロウは機首を下げた。きっちり三秒後、『首無し花嫁』号は、先ほど自分を追っていた飛燕の後方についた。距離は、わずか二百メートルーー。  直後、ウィンズロウの耳元で、声が上がった。 〈大尉! 高度を少し下げてください!!〉  カトウの要求に、ウィンズロウは鼻を鳴らした。 〈言われなくても、分かってるわよ。焦らないでちょうだい!!〉  話しながら、ウィンズロウは計器盤を見る。高度計が千メートルを指しているのを目にし、飛行帽の下で軽く眉をひそめる。かなり低い。にもかかわらず、二機の飛燕は上昇することなく、さらに下へ向かっている。  ウィンズロウは、やむなく追いかける。  正面のガラス窓の向こうに、二本の河川ーー北上川と雫石川、そして周囲に展開する盛岡の市街が、はっきりと見えた。  

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