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第26章⑲

 黒木たちの狙いを読めないまま、ウィンズロウは追いかける。速度計の針が右へ傾き、高度計の針がみるみる左へ進んでいく。  九百メートル…七百メートル…ーー。ウィンズロウの背中に、嫌な汗がわいた。 ーー市街地に突っ込む気!? …いえ、それともーー。  風防ガラスの向こうに、盛岡の街が迫ってくる。高度が三百メートルに近づく寸前、ウィンズロウは決断した。操縦桿を両手で引き、機首を上げる。『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号が上昇に転じた。 〈ローラン! 黒木たちは?〉 〈まだ下だ……っって、上がってきたぞ!!〉    ウィンズロウはそれを聞いても、驚かなかった。半ば予想していたからだ。  「トチ狂ったトニー(マッドネス・トニー)」が得意とする戦法。大地に突っ込む寸前からの急上昇によって、追うものと追われる者は、瞬く間に逆転した。 〈ローラン、撃って! 当たらなくてもいいから〉 〈言われなくとも!!〉  『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号の頂部についている十二.七ミリ機銃は回転式だ。エンジンの音に、ゴリゴリという石臼(いしうす)を回すような音が混じる。直後、重々しい音と共に、四丁の機関銃が後方へ向けて弾丸を吐き出した。  回避行動をとりながら、ウィンズロウは二機の飛燕の動きを思い起こす。両方とも悪くない。しかし、二匹の燕を比べた時、片方の飛び方には少しばかり躊躇と鈍さがうかがえた。  おそらく、黒木より力量と経験が劣る若いパイロットだろうと、ウィンズロウは看破した。  上昇しながら、周囲の地形を確認する。二.五秒後、とるべき進路を決めた。 〈二人とも聞いて!〉  カトウとアラルドにウィンズロウは呼びかけ、作戦を手短かに伝える。 〈ーーということで。どう、カトウ軍曹。狙って撃てそう?〉 〈…多分、なんとか〉  気息奄奄のセリフが返ってくる。聞いたウィンズロウは、やや心配になった。たび重なる降下と上昇で、カトウの体力は早々につきかけているようだ。しかし、 〈まかせたわよ〉  ウィンズロウは言った。不安はあるが、仮に失敗してもまだ挽回のチャンスはある。  それよりも、操縦に集中すべきであった。  黒木と東はいら立っていた。飛燕の上昇性能は、P-61を上回る。飛び続けていればいずれ、距離をつめて、射程圏内に『首無し花嫁』号の姿を捉えられるはずだった。  後方へ銃口を向ける四丁の機銃さえなければ。  真後ろに食らいつこうとするジュラルミンの燕たちの近くを、一二.七ミリ機銃の弾丸がかすめて飛んでいく。命中することはなかったが、接近速度がにぶったのは事実だ。  高度を一二〇〇メートルまで回復したP-61は、そこで上昇から旋回に転じた。その時点で、機銃は黒木が操縦する飛燕の方に、狙いを向けている。  それを見てとった東は、とっさに仕かけた。P-61の飛行方向を予測し、左下方から迫る。  機銃の向きがほんのわずかに変わるだけで、弾はこちらに飛んでくる。東は相打ちを覚悟した。たとえ機体が炎上しても、体当たりしてP-61をもろともに葬る気でいた。  だが、東は知らず知らずのうちに、決定的な過ちをおかしていた。  まだ声を失っていなかった頃。僚機を務めた男が、口をすっぱくして繰り返していた。 ーー敵を狙って撃ち落とす瞬間が、いちばん無防備になる。だから周りを、特に後ろをよく確認しろーー  その教えを東は無意識に守った。背後は見た。けれども前方に関しては、目の前を飛ぶP-61の存在しか目に入っていなかった。  ゆえに、黒木が警告を飛ばすまで、まったく気づいていなかった。  自分が、危険に向かって一直線に突き進んでいることにーー。 〈黒スケから離れろ! 高度を上げろ、東…!!〉  鋭い声が東の耳元で弾ける。直後、P-61の回転式機銃が、東の方へ連射を浴びせた。  東はとっさに回避行動をとる。  次の瞬間、飛燕の風防ガラスいっぱいに花崗岩の山肌が飛び込んできた。  P-61を追う内に、不十分な高度で山に近づきすぎたのだ。  敵にまんまと誘導されたことに、東は最後まで気づけなかった。  本能が命じるまま、操縦桿を全力で引く。機体がせり上がり、むき出しの岩肌をこすらんばかりのところを飛び抜ける。飛燕は紙一重の差で、山への衝突をまぬかれた。  しかし、結局のところ数秒ばかり余命が伸びたにすぎなかった。  上後方。百メートルの距離に、『首無し花嫁号』が迫る。  これ以上ない絶妙なタイミングで、カトウは二十ミリ機関砲の発射ボタンを押した。

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