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第26章㉓
予告した通り、「首無し花嫁 」号は、盛岡市街のわずか五十メートル上空を、まるでスタントでもするように飛んだ。
市内のある旅館では、「やまと新聞」の記者とカメラマンたちが、窓から身を乗り出して、その一部始終を見ていた。手を伸ばせばつかめる。そんな錯覚を覚えるくらいの低空を、耳を塞ぎたくなる轟音と共に、黒い双発機が横切っていく。
そのさなか、誰かの足が窓際においてあった手提げカゴに引っかかった。はずみで掛け金が外れるが、誰も気づかない。持ち主の佐野が、ささやかな異変に気づいた時、連れてきた伝書バトはすでにカゴを抜け出して、人間たちの頭上を羽ばたきながら飛び越えようとしていた。
ハトはそのまま、急上昇するP-61を追いかけるように、天へ去っていく。
佐野は一瞬、「あっ」と思ったが、それきりだった。ハトと比べるべくもない、巨大な二羽の機械仕掛けの鳥に、すっかり目を奪われていた。
鋭い鉤爪を隠した八咫烏 のごとき漆黒のアメリカ軍機。それを追っていたのは、銀色の日本軍機「飛燕」だ。
一体、どういう経緯で両者が戦うことになったか、わからない。けれどもつい先ほど、飛燕の片割れが撃墜された時、佐野は思わずうめいた。周りの者たちも同じように、叫んだり、手で口を覆った。
知らず知らずのうちに、彼らは翼に日の丸を背負った戦闘機を応援していた。
「黒いのが上がってくるぞ、おい、気をつけろ!!」
声が届くはずもないのに、記者の一人が声を張り上げる。
佐野たちは知らない。飛燕が何のために、盛岡上空に飛んできたか。知っていたら、これとはまた違う反応をしただろう。しかし、彼らは知らなかった。
だから、戦時中にそうしたように祈った。
アメリカ軍機を、首尾よく撃ち落とせ、とーー。
「首無し花嫁」号は、黒木が操縦する飛燕と同じ高度まで上がってくる。そのまま相対距離二千メートルのところで急旋回した。
その動きを見た黒木は、またこちらの背後を狙う気かと思った。その予測は失望を伴った。
反撃というには、あまりにも凡庸すぎるーー。
しかし、すぐにその見方が、間違っていると悟った。
こちらの背後へ回り込む飛び方ではない。漆黒のP-61は、こちらへ向かって最短ルートをとってーーつまり、真正面から迫ろうとしていた。
酸素マスクの下で、黒木はひきつった笑みを浮かべた。
戦闘機同士が、正面切って撃ち合うなんてことは、まず起こり得ない。
翼につけられた機関銃で互いを撃てば、相打ちになりかねないからだ。
ーートチ狂ってやがる。
黒木は、かつて自身がアメリカ軍兵士から与えられたのと、同じ評価を下した。
そして、相手が突きつけてきた果し状を受け取ることを選んだ。勝負から逃げなかった。逃げて時間切れとなることより、危地に飛び込み、自らの手で息の根を止めると決めた。
刹那に決断した黒木も、また狂っていた。
「ーー黒木が向かってくるわ、カトウ軍曹!!」
耳元でウィンズロウの声が弾ける。カトウは返事もしない。
照準器をのぞき込み、その瞬間を逃さぬことに、全ての集中力をささげていた。
ーー黒木栄也。
復讐の鬼と化し、厄災を振りまきながら、行く先ざきで屍を築いてきた男。
今まで出会った中で最悪の敵を、カトウはようやく銃口の先に捉えた。
ーーお前に、その名前を刻んだ弾丸をくれてやる。
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