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第26章㉗
外がにわかに活気づき、騒がしくなる。
その音は室内にいる蓮田たちにも伝わってきた。
蓮田の指示で、残った者は部屋の中央に集まっていた。バリケードを築くでもなく、ただ互いが見える位置で思い思いに、座ったり立ったりしている。
そこに松岡が遅れて合流する。両手で、室内の一角に備えつけられていたラジオを抱えている。金づちで背中側のコルク材を壊すと、隠してあったダイナマイトが姿を現した。
松岡は落ち着いた手つきで、持ち込んだ起爆装置にダイナマイトを繋ぐ。それが終わると、起爆のスイッチを蓮田に渡そうとした。しかし、蓮田は手を振って断った。
「せっかくの機会だ。お前に譲る。好きな時に押せ」
松岡は驚いたものの、ありがたくその申し出を受け入れることにした。
できる限り、多くの道連れが欲しいーー松岡は、そう願っていた。
その時、窓の向こうで、拡声器を通し、ひび割れた声が響いてきた。
「屋内のテロリストに告ぐ! 人質を解放したのは、殊勝な心がけだ。だから、最後の機会を与える。武器を捨てて、投降しろ。さもなくば米軍の爆撃機による爆撃が実行される。繰り返す。今すぐ武器を捨てて、投降しろ…ーー」
「テロリストたち」は、顔を見合わせた。蓮田は、思わず失笑した。
「人質がいなくなったら即、突撃してくると思っていたが…やつらは自分たちを安全圏に置いたまま、ことを進めたいようだ」
これほど大きな事件だ。犯人たちを生かしたまま捕まえて、尋問を行い、事件の全貌をつかみたいと言うのが、本音だろう。
松岡は「困りましたね」とつぶやく。しかし、まもなくあることを思いついた。
松岡は手にしていた起爆装置を、蓮田の方へ差し出した。
「やはり、これは少尉どのにおまかせします。そのかわりーー」
拡声器による勧告が済んだ一分後。再び、動きがあった。
アメリカ軍兵士と日本人の警官が見守る中、窓のカーテンが開き、先ほどとは別の男が姿を現した。遠くから見守っていた農場の従業員の中には、それが松岡だと気づく者もいた。
窓から降りた松岡は、そこで両手をあげて立ち止まる。日本人の警官隊の中が、拡声器を通して叫んだ。
「両手を上げたまま、ゆっくりこちらに近づいてこい!」
たてこもった直後、蓮田がダイナマイトの存在を知らせ、屋敷の中に突入されるのを牽制していた。
その真偽を、包囲者たちはまだ掴んでいない。しかし、ダイナマイトが本当に存在した時、巻き添えになることは恐れていた。
松岡は言われた通り、両手を上げて歩いた。自分の一歩、一歩が、蓮田たちを死へと近づけることを意識しながらーー。
松岡が出て行ったあと、蓮田は起爆装置を珍しい物でも扱うように、手のひらで包んだ。
開いたカーテンの向こうでは、こちらから離れていく仲間の姿が見える。
幕引きをするに最良の機会 をはかりつつ、蓮田は柴田たちに言った。
「…俺たちの役目は終わった。ここからは永い休暇だ。親でも兄弟でも、恋人でも戦友でも、思い浮かべるといい。今から会いに行くんだ、と」
それを聞いた柴田が、妙に晴れやかな顔で尋ねた。
「蓮田少尉どのは、誰に会いにいくおつもりですか?」
「…おふくろだな。あの空襲の時、助けてやれなかったことを謝りたい」
それは真実だった。だが、真実の全てではなかった。
もう一人、会いたい人物がいることを蓮田は口にしなかった。
黒木が先ほど死んだ。だから、蓮田はそのあとを追う。
素人脚本の劇で語られるような、陳腐な理由である。だが「悪くない」と、思った。
戦時中、ある時期までずっと、蓮田は誰について行き、誰を切り捨てれば有利に生き残れるか、そんなことばかり考えていた。いつしか、自分でも気づかないうちに、自分の行いに倦 んでいたのだろう。
心中していいと思える相手を見つけられただけ、自分は幸運だ。
ーーさあ、大尉どの。見ててくれ。ど派手な花火が、打ち上がりますよ。
松岡と包囲するアメリカ兵との間が、五メートルにまで縮まった時、蓮田は笑った。
「娑婆よ、さらばだ」
そして、起爆のスイッチを入れた。
爆発は、爆風と熱を伴って、刹那に四方へ広がった。凄まじい轟音と共に、日本家屋の半分が、中にいた人間もろとも吹き飛んで四散する。
周囲を囲っていたすべての人間の目が、瞬時にそちらへ向けられたーー松岡ひとりを除いて。
爆風で押され、よろめきながらも、両手を下ろした松岡は一直線に突進した。
自分に銃口を向けていたアメリカ軍兵士たちの只中に。
幸か不幸か、彼らの指揮官が気づいて、即座に命じた。
「そいつを殺せ!!」
アメリカ兵たちは冷静に対処した。二人が松岡の足と腰に組みつき、その場に引き倒す。しかし、アメリカ兵は憎いテロリストの頭を、ガーランド銃で吹き飛ばすことはできなかった。彼らが引き金を引くより先に、松岡の手元から、隠し持っていた二つの九九式手榴弾ーー「キスカ」が落ちて、地面に転がった。
安全ピンは両方とも、すでに抜かれていた。
死の間際、松岡はアメリカ兵たちの悲鳴を聞いた。恐怖に満ちたその声は、彼を満足させた。
特攻兵に志願したあの時から、松岡の望みはずっと変わっていなかった。
アメリカ兵をできる限り、道連れにして死ぬことだ。
手榴弾が爆発し、数百もの金属片が飛び散る。それらに身体を引き裂かれた時、感じた痛みすら、松岡は歓迎できた。
彼が愛した女性もまた、B-29の落とした爆弾でそうやって死んだのだから。
二つの手榴弾は、最終的に十一人の不運なアメリカ兵の命を奪った。
偶然か。その人数は、B-29が乗せる搭乗員の人数と同じであった。
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