522 / 530

第26章㉗

 外がにわかに活気づき、騒がしくなる。  その音は室内にいる蓮田たちにも伝わってきた。  蓮田の指示で、残った者は部屋の中央に集まっていた。バリケードを築くでもなく、ただ互いが見える位置で思い思いに、座ったり立ったりしている。  そこに松岡が遅れて合流する。両手で、室内の一角に備えつけられていたラジオを抱えている。金づちで背中側のコルク材を壊すと、隠してあったダイナマイトが姿を現した。  松岡は落ち着いた手つきで、持ち込んだ起爆装置にダイナマイトを繋ぐ。それが終わると、起爆のスイッチを蓮田に渡そうとした。しかし、蓮田は手を振って断った。 「せっかくの機会だ。お前に譲る。好きな時に押せ」  松岡は驚いたものの、ありがたくその申し出を受け入れることにした。  ーー松岡は、そう願っていた。  その時、窓の向こうで、拡声器を通し、ひび割れた声が響いてきた。 「屋内のテロリストに告ぐ! 人質を解放したのは、殊勝な心がけだ。だから、最後の機会を与える。武器を捨てて、投降しろ。さもなくば米軍の爆撃機による爆撃が実行される。繰り返す。今すぐ武器を捨てて、投降しろ…ーー」  「テロリストたち」は、顔を見合わせた。蓮田は、思わず失笑した。 「人質がいなくなったら即、突撃してくると思っていたが…やつらは自分たちを安全圏に置いたまま、ことを進めたいようだ」  これほど大きな事件だ。犯人たちを生かしたまま捕まえて、尋問を行い、事件の全貌をつかみたいと言うのが、本音だろう。  松岡は「困りましたね」とつぶやく。しかし、まもなくあることを思いついた。  松岡は手にしていた起爆装置を、蓮田の方へ差し出した。 「やはり、これは少尉どのにおまかせします。そのかわりーー」  拡声器による勧告が済んだ一分後。再び、動きがあった。  アメリカ軍兵士と日本人の警官が見守る中、窓のカーテンが開き、先ほどとは別の男が姿を現した。遠くから見守っていた農場の従業員の中には、それが松岡だと気づく者もいた。  窓から降りた松岡は、そこで両手をあげて立ち止まる。日本人の警官隊の中が、拡声器を通して叫んだ。 「両手を上げたまま、ゆっくりこちらに近づいてこい!」  たてこもった直後、蓮田がダイナマイトの存在を知らせ、屋敷の中に突入されるのを牽制していた。  その真偽を、包囲者たちはまだ掴んでいない。しかし、ダイナマイトが本当に存在した時、巻き添えになることは恐れていた。  松岡は言われた通り、両手を上げて歩いた。自分の一歩、一歩が、蓮田たちを死へと近づけることを意識しながらーー。  松岡が出て行ったあと、蓮田は起爆装置を珍しい物でも扱うように、手のひらで包んだ。  開いたカーテンの向こうでは、こちらから離れていく仲間の姿が見える。  幕引きをするに最良の機会(タイミング)をはかりつつ、蓮田は柴田たちに言った。 「…俺たちの役目は終わった。ここからは永い休暇だ。親でも兄弟でも、恋人でも戦友でも、思い浮かべるといい。今から会いに行くんだ、と」  それを聞いた柴田が、妙に晴れやかな顔で尋ねた。 「蓮田少尉どのは、誰に会いにいくおつもりですか?」 「…おふくろだな。あの空襲の時、助けてやれなかったことを謝りたい」  それは真実だった。だが、真実の全てではなかった。  もう一人、会いたい人物がいることを蓮田は口にしなかった。  黒木が先ほど死んだ。だから、蓮田はそのあとを追う。  素人脚本の劇で語られるような、陳腐な理由である。だが「悪くない」と、思った。  戦時中、ある時期までずっと、蓮田は誰について行き、誰を切り捨てれば有利に生き残れるか、そんなことばかり考えていた。いつしか、自分でも気づかないうちに、自分の行いに()んでいたのだろう。  心中していいと思える相手を見つけられただけ、自分は幸運だ。 ーーさあ、大尉どの。見ててくれ。ど派手な花火が、打ち上がりますよ。  松岡と包囲するアメリカ兵との間が、五メートルにまで縮まった時、蓮田は笑った。 「娑婆よ、さらばだ」  そして、起爆のスイッチを入れた。  爆発は、爆風と熱を伴って、刹那に四方へ広がった。凄まじい轟音と共に、日本家屋の半分が、中にいた人間もろとも吹き飛んで四散する。  周囲を囲っていたすべての人間の目が、瞬時にそちらへ向けられたーー松岡ひとりを除いて。  爆風で押され、よろめきながらも、両手を下ろした松岡は一直線に突進した。  自分に銃口を向けていたアメリカ軍兵士たちの只中に。  幸か不幸か、彼らの指揮官が気づいて、即座に命じた。 「そいつを殺せ!!」  アメリカ兵たちは冷静に対処した。二人が松岡の足と腰に組みつき、その場に引き倒す。しかし、アメリカ兵は憎いテロリストの頭を、ガーランド銃で吹き飛ばすことはできなかった。彼らが引き金を引くより先に、松岡の手元から、隠し持っていた二つの九九式手榴弾ーー「キスカ」が落ちて、地面に転がった。  安全ピンは両方とも、すでに抜かれていた。  死の間際、松岡はアメリカ兵たちの悲鳴を聞いた。恐怖に満ちたその声は、彼を満足させた。  特攻兵に志願したあの時から、松岡の望みはずっと変わっていなかった。  アメリカ兵をできる限り、道連れにして死ぬことだ。  手榴弾が爆発し、数百もの金属片が飛び散る。それらに身体を引き裂かれた時、感じた痛みすら、松岡は歓迎できた。  彼が愛した女性もまた、B-29の落とした爆弾でそうやって死んだのだから。  二つの手榴弾は、最終的に十一人の不運なアメリカ兵の命を奪った。  偶然か。その人数は、B-29が乗せる搭乗員の人数と同じであった。

ともだちにシェアしよう!