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第26章㉙

「それにしても…」   ウィンズロウはゴーグルを引っかけたまま、首を傾ける。 「ワタシが高度を合わせたとはいえ、千メートル以上離れたところから、黒木のトニー(飛燕)を一発で撃墜するなんて。どんな腕前よ」 「別に、それほど難しいことでもないです」  カトウは吐き気をこらえて答える。 「あれだけ大きい(まと)なら、タイミングさえ見誤らなければ、当たりますよ」 「空戦での射撃は、風や機体の速度、他にも互いの機体の角度とか色々な要素が、複雑に影響するハズだけど。その辺は?」 「…弾丸を弾道に乗せる感覚って、分かります?」 「何それ?」 「口で説明するのが難しいんですが。(まと)が銃口の先にあって、正しい弾道に乗せることができたら、あとは勝手に弾が当たってくれるんです」 「……ごめん。それを実行できるのは、多分あなたくらいだから」  カトウは肩をすくめた。ウィンズロウのような反応をされるのは、初めてではない。以前、U機関の同僚たちに「どうしたら、そんな風に射撃が上手くなるのか」と聞かれて、同じ説明をしたのだが、今のウィンズロウと同じく、彼らも「理解不能」と言っていた。  大尉が言うように、カトウ以外には困難な芸当なのか、それとも言葉足らずの説明のせいで分かってもらえないのか。おそらく、両方だろう。  別にそれで、かまわない。  大事なのはーーあの局面で、黒木より先に撃って当てられるという優位性にカトウが気付けたこと。そして、ウィンズロウが卓越した操縦技術を駆使し、二機の戦闘機が同高度で真正面から撃ち合うという状況を実現できたこと。これに尽きる。 「要するに、ワタシたちは三人がかりで、やっと黒木に勝てたってことね」  ウィンズロウの指摘に、カトウは同意した。  アラルドがいなければ、黒木たちを迎撃できなかった。ウィンズロウがいなければ、おそらく早々にこちらが撃墜されていた。  そして、カトウがいなければ、勝負を決める決定打はつかめなかっただろう。 ーー少しは役に立てたな。  カトウは珍しく自分を評価した。  もっとも今、アドレナリンの切れた身体は、ガソリンの切れたジープに等しい。あるだけで、物の役に立たない。というか、邪魔だ。  あと少し休憩したら、動き出さねばーーカトウがつらつら考え、そのまま寝落ちしそうになった時だ  ウィンズロウが長い手足を追って、射手席にするりと入り込んできた。  完全に油断していたカトウは、身をかがめてきた大尉にあっけなく唇を奪われた。  キスすること三秒。調子に乗ったウィンズロウがさらに密着するより先に、カトウは飛行手袋をつけたままの手で、相手の顔を思い切り殴りつけた。  拳が、ちょうどいい角度で入った。ウィンズロウは天頂部のガラスに頭をぶつけ、そのまま床面にあいた穴に落ちかける。だが、手足をふんばりかろうじて体勢を立て直した。 「痛ったーい!! ちょっと、顔面殴るのはやりすぎよ」 「顔面を拳銃で吹っ飛ばされないだけ、マシだと思ってください!!」  悩まされていた吐き気も一時的に忘れ、カトウは叫んだ。  ウィンズロウは殴られた頬をさすり、口を尖らせる。 「ごほうびのつもりだったのよ」 「いりません!!」 「違うわよ。ワタシがもらう方」  ウィンズロウは悪びれもせずに言う。 「さっきまでのあなた、かなりグッとくる顔してたから」  冗談のつもりだとしても、みじんも面白くなかった。  カトウは心に固く誓った。今日を最後に、このふざけた大尉とは二度と会わない。  たとえ運悪く遭遇したとしても、襲われないよう最大限の警戒をもって臨む、と。  カトウの敵意を知ってか知らずか。ウィンズロウはあたかも今、思い出したかのように、自分の腕時計に目を向けた。 「ーーそろそろ、いい頃ね。降りて、ついてらっしゃい」 「イヤです」 「あら、拗ねちゃった? じゃ、最後にとびきりいいニュースを聞かせてあげる」  ウィンズロウはふてくされるカトウに向かって、「ニュース」を告げた。  「首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)」号から、カトウはふらつきながら降りる。(はや)る心に、身体がついていかない。ともすれば、もつれ気味の両足を叱咤して、カトウは滑走路から建物へ向かう。  たどり着いた電話の前で、若い兵士が受話器を手にして待っていた。  ウィンズロウは礼を言って受け取ると、「いま、軍曹に代わるから」とだけ言って、受話器をカトウによこした。  カトウはそれを耳に当て、震える声で言った。 「もしもし」 「…カトウかい?」  聞こえてきた声はかすれ、くぐもっていた。しかし、カトウが聞き違えるはずもなかった。 「ええ、俺です。クリアウォーター少佐」  安堵で、カトウはとうとう泣き出した。 「意識が戻られたんですね。よかった」 「ああ、ずいぶん心配をかけたみたいだね。君にも、他の人間にも。姉さんにも、さっきから、叱られっぱなしだ。そのかわり、軍医を説得してベッドのそばまで電話を引っ張ってきてくれたよ」  この通話のために、スザンナとウィンズロウが便宜をはかってくれたのだ。カトウは鼻をすすり、涙をふいた。 「できるだけ早く、会いに行きます」  頭の中で、早くも計算を始める。宮城から東京まで、そして東京から大阪まで列車を乗り継いだとして、日付が変わるまでに、クリアウォーターがいる病院までたどり着けるだろうか…。   答えを出すより先に、空いている方の耳にウィンズロウが囁いた。 「今日中に、送り届けてあげるわよ」  大尉は、得意げに笑った。 「でも、先に何時間か寝させてちょうだい。なにせ、昨夜は全然、寝られなかったんだから」  カトウはすぐに、返事をしなかった。けれども、確信する。  きっと、ウィンズロウの言うとおりになるだろう、と。  カトウは翼を持たない。クリアウォーターの元へ飛んでいくために、大嫌いな大尉の申し出を受けるに違いなかった。

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