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エピローグ① 一九四七年九月
クリアウォーターは退院後、大阪から東京へ戻り、しばらくの間、荻窪の自邸で療養生活を送った。本来の職務に復帰したのは、九月下旬のことである。背中に負った火傷は完全には治らず、痕がのこった。しかしそれを除けば、大きな後遺症もなく回復できたのは幸運だったと言えるだろう。
クリアウォーターが自邸で過ごす間、お手伝いの丸橋正枝はすこぶる居心地が悪そうだった。雇い主の姉のスザンナが、弟の世話をすると言って、二週間ほど滞在したからだ。日本語しか話せない正枝と英語しか話せないスザンナは十分な意思疎通ができず、問題が起こるたびに、クリアウォーターが仲裁する必要があった。
スザンナが帰ることが決まった夜、正枝は小声で「ようございました」と安堵の呟きをもらした。クリアウォーターは苦笑を浮かべただけで、聞かなかったことにした。
とはいえ、今回の一件で、クリアウォーターが姉に大きな借りを作ったのは間違いない。
そしてスザンナは、弟の包帯をかえたり、家事を手伝う合間、一本の漫画を描き上げた。今回の事件の結末を、主にカトウから聞き出して着想を得たという。
タイトルは「ゴースト・ゼロ」。スザンナの代表作「ブラック・トルネード」の約二年ぶりの新作だ。第二次世界大戦で戦死した零戦のパイロットが、死してなお機体と共に亡霊となり、アメリカ本土を襲撃せんとするが、パイロットの妹である日系二世の女性とブラック・トルネードがそれを阻止する、というストーリーだ。
スザンナはその原稿をニューヨークの出版社へ送った翌日、下宿先である京都へ帰っていった。
クリアウォーターが口やかましくも、かいがいしい姉に世話されている間、邸にはU機関の面々が代わる代わる訪れた。カトウは、ほぼ毎日来て、時々、泊まっていった。ある事情で、ヤコブソンが数日滞在したこともある。サンダースが昼間、捜査の進展を報告し、退勤後に再訪して、スザンナと出かけることもあった。
翻訳業務室のニイガタ、アイダ、ササキも見舞いにやって来たし、フェルミもちょくちょく顔を見せにきた。なお、フェルミはスザンナが描き上げた新作の世界初の読者となり、そのことに感激し、作品を絶賛していた…。
ーーそうやって、季節は移ろい、東京から夏が完全に去っていった一夜。
U機関に復帰してまもないクリアウォーターは、また新たな客を自邸で迎えることになった。
「ハァイ。お久しぶり、赤毛さん」
土産を入れた紙袋を片手に、ウィンズロウは颯爽と現れた。玄関のドアを開けたクリアウォーターに対し、挨拶がわりにさっそくハグしようとする。しかし、その直前で赤毛の少佐の横に、小さなおじゃま虫がひっついていることに気づいた。
「…あら? なんでいるの、カトウ軍曹」
「大尉が突然、来ることになったと、クリアウォーター少佐から聞いたので」
「ワタシはあなたがいるなんて、聞いてないけど」
「いたら、いけませんか」
「二人とも、その辺でストップ」
空気が険悪になりかけたところで、クリアウォーターが間に入った。
「すまないが、ウィンズロウ大尉。カトウと約束したんだ」
クリアウォーターは言った。
「君と会う時は、必ずカトウを立ち合わせると」
「それって、絶対に守らなきゃいけないの? 抜け道は…」
「ない」
「…あ、そう。じゃあ仕方ないわね」
ウィンズロウはしぶい顔で、持っていた紙袋を赤毛の家主に押しつけた。
居間のテーブルには、三つのグラスと軽食が用意されていた。そこに、ウィンズロウが持参したスコッチ・ウィスキーの瓶が加わる。
カトウにとって、ウィンズロウとこういう形で向き合うのは、決して居心地のいいものではない。できたら、クリアウォーターの背後で、直立不動の姿勢で警戒に臨みたい。しかし、そんなことをクリアウォーターが容認するはずもなかった。
「冷蔵庫からオレンジジュースを出してくるから。二人とも座っていてくれ」
やむなく、カトウがソファに腰かけた時、テーブルを挟んで反対側に座るウィンズロウと目が合った。ウィンクしてくる麦わら色の髪の大尉から、カトウはサッと顔をそむける。
また言い合いがはじまりそうになったが、その前にクリアウォーターが戻ってきて、不発に終わった。
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