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エピローグ③
今村の境遇に比べれば、田宮千代はかなりマシな扱いを受けたと言える。千代はソコワスキーに保護された後、対敵諜報部隊 の支部で二日間にわたり事情聴取を受けたが、尋問に当たった要員も通訳も、一貫して彼女に対して丁重であった。
その一方、田宮正一の親類縁者の訴えによって、千代はあわや地元の警察に逮捕されるところだった。千代が若い情夫と通じて、邪魔になった夫を井戸に突き落とした後、逃亡を図ったと、疑いを持たれたからだ。
しかし、千代はすでに東と行動することになった経緯を、ソコワスキーたちに打ち明けており、田宮の足に残っていた傷についても、自分がやったと認めた。田宮の最後に関する千代の話は、東が語ったことと完全に一致し、彼女が結婚後、長らく田宮から虐待を受けた上、夫の悪事を対敵諜報部隊 に知らせていたことが発覚し、殺されかけたとわかった。
前後の状況をかんがみて、最終的に千代の行動は正当防衛であると認められた。
田宮に殺されかけて反撃したが、井戸へ直接、夫を突き落としたわけでないというのが理由だ。逆に、妻を謀殺せんとしたとして、死亡した田宮正一には殺人未遂の罪が加わった…。
千代が難を逃れられたのは、ソコワスキーの存在が大きかった。警察が、元地主の親類たちの感情的な訴えではなく、占領軍少佐の筋の通った主張と意向を尊重するのは、無理のないことであった。
なお、残務処理を終え、ようやく東京へ戻ることが決まった日、ソコワスキーは千代から一通の手紙を受け取る。半白髪の少佐は列車に乗った後、一緒に帰ることになったアカマツ少尉にそれを翻訳させた。
長い手紙には、ソコワスキーへの感謝と共に、婚家にも実家にも居場所がなくなったため、ついに地元を離れる決意をしたことがつづられていた。
そして、千代は東智について、一番長く書きしたためていた。
「ーーもし必要とあれば、私は東さんのことについて証言いたします。あの方がやったことが、世間の常識と照らし合わせて、許されることでないのは重々、承知しております。それでも私は、あの方が本当の悪人だとは思っていません。ただ、時代が、居場所が、関わった人間が、よくなかったのです。あの方は若くて、それだけに周りからの影響を受けやすかったのですから…」
ソコワスキーが、その手紙を公式の書類としてファイルすることはなかった。東への尋問が中々、進展を見せず、千代の言葉を思い出した時も、連絡を試みることはなかった。
千代は今回の一件で、命を落としかけた。それを乗り越え、新しい人生を歩み出そうとしている。そんな人間を軽々しく巻き込むべきではないと、ソコワスキーは学んでいた。
…GHQにとって捜査と同じくらい重要だったのは、報道規制を敷くことであった。
エンペラー が彼の「赤子」であった元軍人たちによって暗殺されかけたことが明るみに出れば、国内外に大きな波紋を投げかけるのは必定だ。マッカーサー元帥は、日本の占領統治を円滑に行うために、エンペラー の存続を認めることを既定路線としてきたし、日本政府側も歓迎してきた。
それが破壊されれば、統治の根幹が揺らぎ、一から方針を組み立て直さなければならない。
皮肉にも、マッカーサー元帥がいちばん警戒したのは、国際世論の場におけるソ連のような敵ではなく、アメリカ本国のメディアだった。かりに今回の事件が、アメリカで大々的に報道されれば、エンペラー を法廷にかけて断罪すべきという論調が、また息を吹き返しかねない。さらに最高責任者である元帥自身の力量が、問われることになる。
さまざまな思惑が絡まり合い、GHQと日本政府は、事件についてできるだけ報道させないという方向で一致する。
結果、翌日の各新聞には、次のような見出しが並ぶことになる。
ーー未明、盛岡上空で、航空機墜落ーー
ーー米軍、訓練中の事故と発表ーー
ーー死傷者三十名以上かーー
ーー東北巡幸は、予定通り継続ーー
墜落したのが日本の陸軍機であることも、操縦していたのが日本人パイロットだったことも、墜落と同時刻にエンペラーの宿泊先で大規模な爆発が起こり半壊したことも。
一文字たりとも書かれなかった。
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