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エピローグ④

 大阪で入院中だったクリアウォーターは、これら報道規制の仕事には、まったく関わりがなかった。しかし、東京へ戻った後、ある記者から電話がかかってくることになる。 「ーーさすがに今回の検閲は、ちょっとやりすぎと違います? 少佐さん」  「やまと新聞」の佐野だ。言葉遣いこそ丁寧だが、声の端々から怒りがのぞいている。  そのことにクリアウォーターは気づいたが、あえて指摘しなかった。  佐野は二十分ほどにわたって、自らの足で取材し、調べ上げたことを、クリアウォーターに向かって並べ立てた。その中には、赤毛の少佐ですらまだ知らなかった事実も含まれており、佐野が優秀な記者であることが、改めて証明される形となった。  ゆえに、書いた記事が全てボツとなっていく現状に、佐野は並々ならぬ憤りを抱いていた。  クリアウォーターは、その怒りが理解できたし、佐野に同情もした。しかし、進駐軍の軍人という立場上、こう言うほかなかった。 「すまないが、検閲の件は私にはどうにもできないよ」 「…少佐さん、盛岡の事件の二日前に、大阪でえらい目にあったそうですね」  嫌みたらしく、佐野は言う。 「それも事件と何か関係あるんで?」 「ノー・コメント」 「…ぼくは諦めませんよ」  佐野の声には、何者にも屈しないという気概がこもっていた。 「たとえこの先、何年かかっても。そちらが隠そうとしていることを、暴いてあげます」  電話が切れた後、クリアウォーターは何とも言えない顔で窓の外を見た。  一瞬、らちもない考えが浮かぶ。  かつて、貝原靖を雇ったように。佐野に委託調査を行わせたら、さぞかしいい仕事をするだろう、と。しかしクリアウォーターが申し出ても、佐野が受け入れることはあるまい。  佐野は、根っからの記者だ。為政者が隠しておきたい秘密を暴いて、衆目の前に晒すことにこそ意義を見出す。そのような人間が、事実を隠蔽する側に協力することは、自らの生き様に反する。  佐野はどれほど、真実に迫れるだろうか。  あるいは、クリアウォーターたちですら知らない、埋没した事実を掘り起こしてくるのか。  少佐という立場を離れたところで、クリアウォーターは密かに期待している自分に気づいた。 「ーーつまるところ、ワタシたちはいまだに、黒木に振り回されているってことかしらね。彼を撃墜する時だって、三人がかりでやっと成功したし」  ウィンズロウがつぶやくのを聞いて、クリアウォーターは顔をしかめる。少佐の緑の瞳に無言の非難の色が浮かぶのを認め、カトウは心もち頭をすくめた。  エイモス・ウィンズロウ大尉が操縦するP-61に、U機関(ユニット・ユー)に属す日系二世の軍曹が乗り込んだことは、関係者に広く知れわたっていた。「首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)」号が盛岡上空で黒木たちの飛燕を迎撃した際、東日本にある米軍施設の大半で、無線通信機がフル稼働していたからだ。カトウが黒木に浴びせた罵詈雑言ももれなく傍受され、東京を含む複数の場所へ伝わっていた。  おまけに偶然、それをリアルタイムで聞いていた人間の中に、U機関のサンダース中尉とアイダ准尉が含まれていた。大抵のことに動じないアイダであるが、爆撃戦闘機から発せられた無線にカトウの声を聞いた時は、「なにやってんだ、あいつは」と言ったきり、二の句が告げなかった。サンダースも、絶句した。  なお、静養するよう命じられたのを無視して、黒木を追いかけて上空数千メートルまで行ったことがバレたカトウは後日、生真面目な中尉に、最長記録となる説教を喰らう羽目になった…。  当然のごとく、カトウの蛮行はクリアウォーターも知るところとなった。サンダースと同じく、クリアウォーターもカトウを説諭したが、危険行為に及んだ本人以上に、それを容認したウィンズロウに対する憤りの方が大きかった。 「小型機にすら酔う人間を、どうして戦闘機に乗せたりしたんだ」  ベッドの上から抗議するクリアウォーターに対し、麦わら色の髪の大尉は悪びれもせずに答えた。 「だって、本人が乗りたいって言ったから」 「常識的に考えて、止めるべきだろう!」 「常識の通用しない非常事態だったのよ。射手が必要で、カトウ軍曹がそれに立候補して、できそうだったから乗せたってだけ」  ウィンズロウは挑発するような目を、怪我人へ向ける。 「赤毛さん。忘れているかもしれないけど、あなたのかわいいおチビさんは、勇敢なるアメリカ陸軍の兵士よ。自分から戦地へ行くことを志願したのなら、止める理由なんてないでしょう?」  クリアウォーターは珍しく、返答に窮した。苦虫をつぶした顔を、縮こまっているカトウに向ける。しばし思案した末に、クリアウォーターは深々と息を吐いた。 「カトウ軍曹」 「…はい」 「こちらの寿命が縮まるような真似は、今回限りにしてほしい。頼むから」 「…すみません」  カトウはしゅんとなった。長々と説教されるより、クリアウォーターが心底、心配している様子の方が、カトウにはこたえた。

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