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エピローグ⑤

 クリアウォーターはワインがなくなったことを知ると、自分とウィンズロウのために、新しいグラスに少量のスコッチ・ウィスキーを注いだ。グラスを大尉に手渡す時、さりげなく言う。 「それで。本土(メイン・ランド)に帰ることになりそうだと、電話で言っていたね」 「ええ。ちょうどここに来る直前、確定になったわ。九月末日をもって調布飛行場を離れて、本土のカリフォルニアにあるミューロック陸軍飛行場に転任よ。新型航空機のテスト・パイロットとしてね」 「ずいぶん、急な話だね」 「前から、希望は出していたのよ」  ウィスキーの香りを楽しんだあと、ウィンズロウは口に含み、満足そうに息をつく。 「のんびり屋のマダムの操縦も悪くないけど、ワタシはもう少しスピードのある淑女(レディ)の方が好みだから。まあ、今回の一件が影響したのは、間違いないわ」  酔いが回り、やや紅潮した顔で意地悪く笑う。 「ジョンソン基地のお偉いさんが、ワタシのこと煙たがってるから。向こうにしてみれば、お払い箱にするちょうどいいチャンスだって思ったんでしょう」 「新型機というのは、やはり従来より性能や速度も上がっているのかい?」 「音速の突破を目指してるわ」 「…音速を超えたら、飛行機ごとバラバラになると聞いたことがあるが」 「アッハハ。その無知な偏見、根拠はないわよ」 「そうだとしても、事故が起こった場合、高確率で死ぬと思うんだが」 「あら、心配してくれてるの?」  ウィンズロウは茶色の瞳を輝かせ、そのままクリアウォーターとの間に、親密さを演出しようとする。  だが、カトウがすかさずつまみの皿を取るふりをして、両者の間に割り込んだ。 「死んだら、お墓に花くらい供えてあげますよ」  カトウの声は、目に見えぬ棘でコーティングされていた。 「アジサイなんてどうです? 浮気症の人間を表すのにピッタリだそうですよ」 「遠慮しとくわ。大体、ワタシ、お墓自体いらないし。知り合いに、建ててくれそうな物好きもいないわよ」  大尉がサラリと言うのを聞いて、カトウとクリアウォーターは、無言で視線を交わした。  二人とも、ウィンズロウの血縁者については何も知らない。聞くのもなんとなく、はばかられた。自由恋愛主義を貫く同性愛者の男が、家族と良好な関係にあるというのは、想像しにくかった。  当の大尉は、気にした様子もなくウィスキーを舐めている。 「ワタシはただ飛ぶだけよ。最後の日まで」  電灯の明かりを受けた酒と、影になったウィンズロウの髪が、ちょうど同じ色を帯びる。 「戦いの日々には戦いに、平和な日々には平和に、飽くことがあっても。飛行機を飛ばすことだけは、やめたいと思ったことがないから。ーーあと、恋をすることもね」  ウィンズロウは満面の笑みをたたえ、対面に座る赤毛の少佐と黒髪の軍曹に、まとめて秋波を送った。  クリアウォーターとカトウは、同時にうめいた。 「新しい恋人を探すなら、本土に戻ってからにしてくれ」 「東京以外の場所で、探してください」 「あ、そう」  ウィンズロウはいまいましげな顔で、ソファにもたれる。  そのままグラスに残った液体を飲みほそうとした時、ふと手を止めた。 「赤毛さん。新しいグラス、一個もらえる?」  汚れたので交換するのか。そう思ったクリアウォーターは、言われるまま戸棚から一つ持ってきた。  ウィンズロウは受け取った杯にウィスキーを注ぐと、隣の空席の前に置いた。 「ワタシの新たな門出。あなたも祝ってちょうだい、グラハム少佐ーー」  ウィンスロウは言った。 「二人とも。最後にちょっとだけ、ある人に献杯してくれる? 彼はアメリカ陸軍最高のパイロットだった。彼がいたから、黒木たちに関する記録が残されて、今回の事件解決に寄与した。そのことに、感謝を捧げましょうーーヴィンセント・E・グラハム少佐に」  ウィンズロウの声に、クリアウォーターとカトウが唱和した。  ウィンズロウは、グラハムのために置いたグラスに、自分のグラスを軽く合わせた。  飲み干した後、大尉はつぶやいた。 「…いずれは、あなたのところにも行くから。約束した勝負は、その時まで待っててよね」

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