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エピローグ⑥
ウィンズロウは夜十一時すぎになってようやく、クリアウォーターが電話で呼んだタクシーに揺られて、調布飛行場に近い自分の宿舎へ帰っていった。赤毛の少佐は、泊まるよう勧めはしなかった。ウィンズロウ以外の相手なら多分、そうしただろうが。
夜の戦士として百戦錬磨の大尉を泊めるのは、狼と一緒の檻で寝るのと変わらない。知らない間に、食われるのがオチだ。
「じゃあね、赤毛さん。おチビさんも。また機会があったら、会いましょう」
別れは、あっさりしたものだった。ただし、どんな時も余計なひと言を言わずにいられないのが、エイモス・ウィンズロウという男らしい。
「次は二人一緒じゃなくて、別々に会いたいわ。片方ずつの方が、口説きやすいから」
そう言うと、カトウが反撃するより先に、さっさとタクシーに乗り込んで去っていった。
陽気ではた迷惑な客人が帰ったあと、クリアウォーターとカトウは示し合わせたように互いを見やった。どちらの顔にも、目に見えないインクで「やれやれ」と書いてあった。
「やっと帰りましたね」
「そうだね」
「退屈しないお人ですけど。次に会うのは、二十年後くらいでいいです」
遠慮のない言い草に、クリアウォーターは苦笑した。
ウィンズロウは不特定多数の相手と恋愛を楽しむことも、パートナーがいる人間と不倫まがいの行為をすることにも躊躇いがない。それが、悪いことだと思っていないのだ。
そして、本人が意識しているかどうかは分からないが、一つの場所にとどまることが生理的に難しいらしい。常に変化を求めて前進し、後ろを振り返ることは稀だ。
飛ぶことにも、恋することにも、恐れなく全力で挑む男に、クリアウォーターは賞賛に似た感情が湧く。しかし、賢明にも真似しようとは思わなかった。その必要もない。クリアウォーターの傍らには、すでに生涯をかけて大事にしたいと思う相手がいる。
居間に戻り、テーブルの後片付けをしようとするカトウをクリアウォーターは引き止める。
「今日はもう遅いから、明日の朝、片付けよう。なんなら、丸橋さんに頼んでもいい」
カトウはクリアウォーターを見上げ、その緑の瞳にこもった欲求を正確に読み取った。
居間と廊下の電気を消すと、赤毛の恋人に手を引かれながら、寝室へ続く階段を登っていった。
その夜の交わりは穏やかで、互いを柔らかく満たすものだった。
服を脱ぎ、クリアウォーターと抱き合った時、背中に残る火傷の跡にカトウは触れた。以前と異なる肌の感触が、心にさざなみを引き起こす。
カトウの微妙な反応に気づき、クリアウォーターは言った。
「ーー私は、ここにいるよ。ジョージ・アキラ」
クリアウォーターが耳元でささやく。
「君のそばにいる。そのための代償として差し出したのは、とるに足らない皮膚の一部だ。大したことじゃない」
返事の代わりに、カトウは恋人の背中に回した両腕に少しだけ力をこめる。
「…ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「何だい?」
「俺より先に死ぬのだけは、やめてください。もしそんなことになったら、俺はあなたの棺の前で、自分の頭を撃ち抜きますから」
クリアウォーターは、カトウの瞳をのぞき込んだ。冗談を言っている気配は、微塵もなかった。それで、改めて思い知らされる。
今回の一件で、カトウにどれほど心配をかけたかを。
カトウが抱いたのと同じ恐れーー愛する者を失うかもしれない恐怖を、クリアウォーターは身に染みて理解していた。
「…私は、君より十歳近く年上だ」
クリアウォーターはつぶやく。
「でも頑張って、君より十年、長生きするよ。先にしなびた年寄りになっても、見捨てないでくれるか?」
それを聞いて、カトウはようやく笑みを浮かべた。
「…たとえ何十年経っても。あなたはきっと、今と同じくらい素敵なままですよ」
互いに寄り添い、二人は口づけを交わす。
静かな夜だった。時どき、邸の庭で鈴虫が鳴く。
リリィ、という涼しげな音が、秋を告げていた。
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