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余話④
…今村を呼んだ相手は、対面の場に台北の中心から離れたホテルにあるレストランを選んだ。そこに、今村は指定された時間の十分前に着いた。本当はもう少し早く来るつもりだったのだが、検問に止められた上、運転手が一度、道を間違えたせいで、約束の時間ぎりぎりになってしまった。
二階のレストランへ行くと、入り口のところに男が二人、立っていた。どちらも私服姿だが、一見して国軍の兵士だと今村は気づいた。先刻、検問をしていた歩哨たちと同じ目つきをしていたからだ。
通訳が恐る恐る用件を伝える。二人はうなずき、今村たちを店内へ導いた。
落ち着いた内装の店だが、がらんとして客の姿はなかった。遅い時間だからか、それとも兵士たちに追い返されたか、定かではない。
「孫中校。客人が来られました」
兵士はそう言って、奥にある個室に今村たちを通した。
十人は座れそうなテーブルに、小柄な男が一人、座って茶を飲んでいた。
年齢は今村と同じくらいだが、胃下垂で痩せ気味の今村と対照的に、福々しく肥えている。
男は今村を見て立ち上がり、懐かしそうにほほえんだ。
「お久しぶりですね。今村少尉どの」
多少訛りはあるが、十分に理解できる日本語だ。今村はぎこちなく笑い返した。
「なんと呼べばいい? 孫日登中校? それとも…」
「この場は、中山でいいですよ」
中華民国空軍の将校である孫日登 中校ーーかつて中山春雄という整備兵だった男は言った。
「台湾に戻って、日本語を使う機会はめっきり減ってしまいました。忘れてしまった言葉も多いので、どうかご容赦ください」
「…そんな丁寧な話し方をしなくても。もう、兵隊だった頃と違うんだから」
「すみません、『普通』の話し方に慣れてないんですよ。日本人と話す時は、いつも敬語を使っていましたので」
気まずそうになる今村に、孫は酒を勧めた。今村は「一杯だけなら」と受けた。ここに来た目的を思えば、あまり酔っ払うわけには行かないが。
個室の外で控えていた兵士を呼び、孫は二、三、言 づける。待つほどもなく、紹興酒と三皿のつまみが運ばれてきた。
「ーーあなたの小説。実は、私の妻がこっそり愛読しているんです」
孫はくつろいだ様子で言う。
「妻は学生時代、極めて優秀でして。私よりよほど、日本語も英語もできます」
「それはうれしい話だ」
「今度、台湾を舞台にした話を書かれるそうですね」
「ああ。そのために今回、取材旅行に来たんだ」
今村はこれまで多くの作品を手がけてきたが、ほとんどの舞台は日本だった。近代の台湾を扱う作品を書こうと決心し、ここ数ヶ月は資料集めに費やした。さらに、現地を見るのが不可欠と考え、出版社経由で中華民国政府に現地取材の許可をとった。
そして台湾訪問が決まった後、今村は頼れる限りの伝手を使って、孫日登に「会えないか」と打診した。出発まで返事はこなかった。しかし、昨日になって突然、今村が泊まっていたホテルに軍服姿の男がやって来て、手紙を置いて去っていった。そこには面会の場所と時間、そして都合が合わない場合の連絡先が記してあった。
「…戦争が終わったあと、中山はどうしていたんだ?」
「色々あって、ふるさとに帰りました。でも今村少尉どのと違って、今も軍用機に関わる仕事をしています」
孫は皮蛋 を口に入れ、とろりとした紹興酒を口に含む。
「ご存知のように、民国三十八年…昭和二十四年に、蒋介石総統は大陸から撤退し、台湾を死守して共産党と戦う道を選びました(※第二次国共内戦の結果、蒋介石率いる国民党は毛沢東率いる共産党軍に追いやられ、台湾へ逃れる)。自分はその頃、台南にいたのですが。昔、日本で戦闘機を整備していた経験を買われ、国軍に入りました。そこで当時の上官が強引に、空軍の軍官学校にねじ込んだんです。すでに三十歳を過ぎていたんですが…」
昭和二十四年といえば、今村は駆け出しの作家で、まだ昼間の役所勤めを続けていた頃だ。
「しばらくは勉強漬けでした。実は、ひそかにアメリカに行かされたこともありました。向こうで、国軍に譲渡される予定の戦闘機について、色々、学ぶためです。その頃はもう結婚していて、妻が英語の手助けをしてくれましたよ。大変でしたが、今となってはいい思い出です」
「…すごいな」
今村は本心から言った。
「私の知り合いの中で、いちばん出世したのはきっと中山だろうな」
「いえいえ。いちばんは今村少尉どのですよ」
今村はその世辞に、あいまいな笑い方で応じる。そろそろ「頃合いだ」と決意する。
今村は、隣席で手持ちぶさたにする通訳の方を振り返った。
「孫中校は、日本語がお上手だ。君の仕事はないから、あちらで何か食べさせてもらうといい」
孫も、今村の言葉に同意した。実際に空腹だった通訳はありがたく一礼し、個室を出ていく。その姿が消えたのを見届け、今村は切り出した。
「中山。今日、ここに来たのは、話を聞きたかったからだーー二十八年前。昭和二十二年の夏のことを」
今村は、斜めむこうに座る男の顔を見る。表情はまったく変化がない。表情や挙措に動揺した点は、わずかばかりも見えなかった。
調布にいた頃の中山春雄について、今村が覚えていることは多くない。それでも、こんな鉄面皮ではなかった。
二十数年、いつ共産党勢力に攻め込まれてもおかしくない緊張感の中、第一線の軍人であり続けた男だ。若々しさは穏やかな老獪さに、痩せ細った小さな身体は、肉と威圧感をまとい、確実に変貌を遂げていた。
それでも、今村は続けた。
「二十八年前、黒木大尉が『はなどり隊』の人間たちを巻き込んで、起こした事件。私はそれを細々とだが、ずっと調べている」
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