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余話⑤
今村は持参した手提げから、一冊の本を取り出す。ボロボロになった表紙には、どぎつい赤色で『天皇暗殺』というタイトルが印字してある。著者は「佐野敬」とあった。
「この佐野という人は新聞記者で、一九四七年八月に岩手で起こった航空機墜落事件を調べていた。調査の結果、墜ちたのは二機の『飛燕』で、黒木大尉と『はなどり隊』の東智伍長が乗っていたと分かった。そして同じ日に、墜落現場の近くにあるK農場には、東北巡幸中の天皇が滞在していた。佐野さんは、黒木大尉たちがそこへ特攻を仕かけようとしたと、結論した。他にも、飛燕が九州南部の山中から飛んできたことや、そこで黒木大尉の機付き班長だった千葉登志男軍曹が亡くなったことも、突き止めている」
同日早朝、K農場では大爆発が起こり、松岡や蓮田たちが死んだことも、今村は話した。
「この本は日本が主権を取り戻した翌年に出版されて、大反響を呼んだ。佐野さんは出版後、続編を書くつもりで準備を進めていた。だが、身体への無理が重なったんだろうな。本を出して三年後に、脳溢血で亡くなったんだ」
佐野の唯一の著書となった本は、あの夏の事件を解き明かし、主犯格であった黒木の生い立ちや、事件当時、「金本勇」の名前を騙っていたこと、さらに今村が毒を盛られた一件も白日の元に晒した。
それでも、未解決のまま残された謎は少なくなかった。
その最大のものが、黒木の協力者だ。K農場での死者は最終的に全員、身元が特定されたが、秘匿された飛行場で飛燕を整備し、飛ばした人間たちについては、今日に至るまで明らかになっていない。GHQも日本警察も、佐野も、ついに正体を知ることは叶わなかった。
しかし今村は、ある人物の関与を強く疑っていた。
きっかけは、小説を書く取材のため山陰地方を回った際、千葉登志男軍曹の実家だった寺を訪ねたことだ。住職をつとめる千葉の実兄から、寺に毎年夏、匿名の布施が届くことを教えられた。
始まったのが昭和二十四年で、切手の消印が神戸の元町だと聞いた時、今村は、ある人物に思い当たった。
金本勇曹長の機付き班長だった中山春雄。台湾出身だが、父親は神戸に住んでおり、戦争末期の空襲で被災したものの、辛くも大難を免れたと聞いた記憶があった。
「…千葉軍曹の実家に、布施を送っていたのは中山だろう? 届く日は一見、バラバラに見えたが住職は気づいていた。すべて、旧暦の六月二十三日。千葉軍曹が亡くなった一九四七年八月九日は、旧暦ではまさに六月二十三日だ」
今村は言った。
「千葉軍曹が事件に関わって自死したことは、佐野さんの本が出版されるまで、どこにも公表されていなかった。昭和二十四年の時点で、正確な命日を知っていたのはご家族か、事件に関わっていた人間だけだ」
「…確かに、千葉軍曹どのの命日に毎年、お金を送っていたのは私です」
孫日登は答えた。今村は一瞬、罪を認めたのかと思った。
だが、孫は、そう簡単に陥落する相手ではなかった。
「今村少尉どのは、ご存じないでしょうが。昔、調布にいた頃、私は千葉さんにとても世話になっていたんです。だから日本を離れる前に一度、ご実家を訪れ、その時、亡くなったことを知りました。命日も墓石に刻んであったのを見て、知ったんですよ」
今村は失敗を悟った。こうも巧みに言い逃れをしてくるとは、思っていなかった。
「今さら、犯人探しをしたいわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ? 事件の全貌を、明らかにしたいんですか?」
「…違うと言ったら、嘘になるな。でもそれだけじゃない。俺はただ、知りたいんだ」
今村は孫を見すえた。
「あの事件に関わった皆 が、何を考えて、何を思っていたのか、それを知りたいんだ。黒木大尉だけじゃない。千葉軍曹。松岡。柴田。らいちょう隊の蓮田少尉。彼らが、本当は何を思って、黒木大尉に協力したのかーー佐野さんは誰が何をしたかを明らかにしてくれたが、何を思っていたかまでは、解き明かせなかった。『こうじゃないか』と、本で書いてあるが、それはあくまで彼の推測にとどまる」
「……そうは言いますが。もう永久に、分からないんじゃないですか。死んだ人間は、何も話せないでしょう」
「そうだな。でも、中山はまだ生きている」
そう言われて、孫は憮然となった。
ささやかではあるが、今村は一矢報いたようだった。
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