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余話⑨
……歳月は過ぎていく。
平成七(一九九五)年。東智は七十歳で死去する。妻の千代は前年亡くなっており、そのあとを追うように、ひっそり息を引き取った。
平成十三(二〇〇一)年。作家、灰邑勇こと今村和時は、膵臓がんでこの世を去った。享年八十。戦後を代表する文筆家の死は、国内メディアで大きく取り上げられた。
平成二十三年にあたる民国百(二〇一一)年。孫日登は、台南市内の自宅で老衰のため死んだ。享年九十二。すでに軍を退いて久しかったが、蒋介石、厳家金、蒋経国の三代の総統のもとで、台湾防空の実務を担った空軍軍人として、そして引退後は地元の発展に尽くした名士として、葬儀には大勢の軍民の人間が参列した。
孫日登の死後も、孫家邸宅に隣接する『花廟』は、一族によって管理が続けられた。
ただし、廟内に安置された二体の日本軍人の像は、いつの頃からか「金虎将軍」「黒豹将軍」と呼ばれるようになり、元の名前は忘れ去られていった。
ところが、令和の世を迎え、台湾各地に残る日本軍人を祀る廟に注目が集まり始めると、『花廟』の祀像も、その流れで再発見されることになる。
祀られるようになった経緯と二人の人物の特定のため、京都のとある大学院生が、孫家の人間と共に、間も無く調査に着手する予定である。
(『丹心哀歌』終わり)
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