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第4話

 朝から散々だった。ふあふあ浮く頭で、自宅にどうにか辿り着く。足取りはしっかりしていた、はずだ。歩けてるんだから。いつもなら、酔い潰れた次の日なら、小焼がバイクで送ってくれるんだけど、今日はうっかり部屋でタバコを吸ったから歩かされた。あと、おれが変なこと言ったからかもしれない……。  嫌われて、ない、よな? 目の前で自慰させるし、きちんとイけたからって、頭撫でてくれたし……。思い出して顔がニヤける。自分で自分の頭を撫でて、ちょっと幸せな気持ちになった。 「ただいまー」  両親はもう仕事に出ている時間だから、家には妹しかいないはずだ。休日だからまだ寝てっかな? と思ったが、玄関に見慣れない可愛い靴がある。友達が来てるのか。やかましい足音が近づいてきた。 「お兄ちゃん! おかえりなさい!」 「おう、ただいま」 「あ、あ、おじゃましてます、やの」  妹のふゆの後ろから、ちんまりした子が顔を出す。空色の髪にピンクのインナーカラーが入った子だ。こりゃまたどえらい美少女だな……。ふゆの友達ってのが嘘のようだ。 「お兄ちゃん会うの初めてだよね? この子はね、巴谷(ともえや)けいちゃん! すっごいカワイイでしょー!」 「あ、あぅう。ウチ、可愛くないやの。恥ずかしいやの」 「あはは。可愛いと思うから自信持って良いと思うぞ。おれは夏樹。いつも愚妹(ぐまい)がお世話になってます」 「そんなことないやの。ウチも、いつもふゆちゃんにはお世話になってるから……」  背が低くて俯きがちに話すから、声がよく聞き取れない。おれも男にしたら低身長だとか言われるもんだけど、この子もなかなか背が低い。おれより低いんだから……百四十センチくらいか? おれが百五十五センチだし。最近縮んでて泣きたくなった。 「ねえねえ、お兄ちゃん。その後、小焼ちゃんとはどうなの?」 「おまえが漫画のネタにするようなことはねぇぞ」 「えー! 酔っ払った勢いでコクッたとかないのー!?」 「ねぇよ!」  あるけど! 図星だけど! 漫画研究部と演劇部に掛け持ちで所属しているふゆは、腐女子だ。花の女子高生なんだから、もう少し可愛い話題ねぇのかなぁ。あー、恋愛ものっちゃ恋愛ものか。 「けいちゃんも漫研の子か?」 「ウ、ウチは、演劇部やの……」 「そうそう! けいちゃんの書く脚本も、演出もすごいんだよ! 女の子はカワイイし、男の子はカッコイイし! 見せ場と盛り上げ方がすごいの!」 「そんなことないやの……。ウチなんて……」  けいちゃんはもじもじしている。「カワイイ」と思う仕草だ。小焼なら「話してる途中で俯くな」って怒るだろうけど。  ふゆとけいちゃんが対照的に見えて面白いけど、おれは頭が痛くなってきたから、寝ようと思った。  挨拶もそこそこにして自室に入る。色んな物がごちゃごちゃになっていた。整頓してたはずなんだけど、おかしいな? 崩れた雑誌を積み重ねる。『おっぱい名鑑』と『ミニスカギャルポリス』と『デカパイのおさななじみ』と……あれ? 足りない。おれは勢いよく、ふゆの部屋のドアを開く。 「ふゆ! またおれの部屋荒らしたろ!?」 「え! お兄ちゃん気付くの早いよぉ。まだ十二ページ目なのに」 「はいはい、オトナになってから見ような」  エロ本を回収する。顔を真っ赤にしたけいちゃんがおろおろしていた。まったく、油断も隙も無い。 「お兄ちゃんって、金髪の巨乳の黒ギャル好きだよねー!」 「声に出して言わない!」 「はぁい!」  恥じらいはないのかと思う。我が妹ながら、勢いの良さだけは尊敬したくなるんだなぁ。あー、頭が痛ぇや。いろんな意味で。部屋に戻って、雑誌を重ねて、ベッドに転がる。小焼にメッセージ送っとこ。酔った勢いで言ったけど、本気で好きだし、そういうことしたいって。返事が来るかはわからない。九割九部既読スルーかテキトーなスタンプが送られてくる。だってあいつ、読んだら後で返そうとして忘れるタイプだから。今朝のこと思い出したら、またしたくなってきた。隣の部屋に妹もその友達もいるってのに。  あ、逆に興奮してきた。すっかり勃ち上がっちまってる。 「んっ、」  勝手に出そうになる声を押し殺しつつ、手を動かす。もう、後で洗濯するからいっかな。  敷布団に擦り付ける。気持ち良い。手でするより、床に擦り付けたり、壁に擦り付けたりするほうが、好きだ。布団なら、怪我の心配もあまりしなくて良いから、夢中になれる。 「お兄ちゃーん!」 「な、何だよ!?」  隣から壁越しに呼びかけられる。いったい何の用だよ、こっちはもうイきそうだってのに……! 「けいちゃんが、ベッドのギシギシする音が聞こえるから何かって聞いたからー!」 「察しろ!」  たぶん、けいちゃんが何かふゆに言ってるんだけど声が小さくてこっちまで聞こえない。けいちゃんもけいちゃんで察してほしい。自慰してることがバレて、ゾクゾクする。全身に痺れが駆け抜けていった。 「……はぁ……はぁ……、布団も洗うか」  ドロドロの欲が張り付いたシーツを拭きながら呟く。布団とシーツを洗濯機に入れて、洗剤と柔軟剤を入れ、お布団モードでスタート!  部屋に戻ったら、けいちゃんがいた。 「はうっ!?」 「けいちゃん、何してんだ? おれに何か用か?」 「ふゆちゃんが……お部屋に行ったらわかるって……押し込められたやの」 「ふぅん。で、何かわかったか?」 「えっと、これ……ゴスロリブランドの服やの……」 「あー、幼馴染の母ちゃんが送ってくるんだよ。『男でもゴスロリを楽しんで欲しいってわかるように宣伝して』ってさ」  けいちゃんはおれがテキトーにハンガーに吊るしたゴスロリが気になるようだった。  小焼の母ちゃんがゴシックやらロリータやらのファッションデザイナーだから、こうやってたまに国際郵便で届いている。あいつの両親、今はパリにいるんだったかな? あちこちを飛び回ってファッションショーやらデザイン画の個展やらしてっからわかんねぇや。 「あ、あの。間違ってたらごめんなさい。……もしかして、なちゅちゃん?」 「うっ、そうだよ……。なちゅちゃんだよ……」 「あ、あ、あ、バエスタ、フォローしてますやの!」 「ありがと……」  『なちゅ』というのは、小焼の母ちゃんにつけられた名前だ。ファッションスナップやカワイイを発信するバエスタグラムでお馴染みの、おれの名前。つまりモデル名。  けいちゃんの目がキラキラ輝いている。よく見たら、彼女の着ているカーディガンはロリータブランドのものだ。どっかで見覚えがある。 「けいちゃん、ゴスロリ着るならあげっけど……」 「ううん! 駄目やの! いつか自分でお迎えするの!」  こんな時は声が大きくなるんだなぁ。 けいちゃんは「お邪魔しましたやの。眼福やの」と言いながら出てった。ゴスロリ好きなんだな……、きっとロリータ服似合うだろうなぁ、可愛いし。  さて、寝るとすっかなぁ……って、布団洗ったばかりだった。ソファで寝るか。 その前に、昨日届いていたっぽい国際郵便を開封しよっと。ふゆも受け取ったんなら言えよな。 丁寧に梱包された箱の中には、黒と赤が基調のワンピースが入っていた。蜘蛛のついたヘッドドレスやら蜘蛛の巣を模したチョーカーも一緒に。手紙も入っている。英語だ。小焼の母ちゃんの母国語が英語圏だから、日本語より英語のが書きやすいんだろうけど……今は頭が痛くて読む気にならない。 「ま、後にすっかな」  服をテキトーなハンガーにひっかけて、おれはソファに横になった。

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