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第6話

「反則だろ、あの顔……」  そりゃ小焼だって笑うんだけど、あんなに無邪気な笑顔見たのはいつぶりだってくらいに、見たことがない。小焼はいつも無表情で、仏頂面だ。無愛想だし、他人と関わりたがらない。  昔、小焼の母ちゃんから、カッとなって、クラスメイトを軽く叩いてしまって怪我させたとか、目つきが鋭いし、赤い目が珍しいからって、怯えられていたとか聞いたことがある。だから、だいたいひとり。ひとりでずっと泳いだり走ったりしてる。トレーニングが好きとは、本人から聞いたことがある。 ひとりでいられるから、って。 「……えっと、焼きそばパンと――」  学校内のコンビニで、小焼に頼まれたものを買い物カゴに放り込んでいく。食べ過ぎじゃねぇかなって思うんだけど、運動量を考えたら……大丈夫か。小焼のサポートは、おれの仕事だ。食事メニューも練習メニューも考えて渡してっけど、小焼はたまに無視する。食事のメニューは守ってても、練習メニューは勝手に追加してやってる時がある。やりすぎも逆効果になっから、休んでほしい……。  支払いを済ませてコンビニを出た。炭酸抜きのコーラなんてすぐに作れない。振りまくって、目の前で爆発させてやろうか。……殴られそうだから、やめよう。  それにしても……、小焼の部屋にあったアレは何だったんだ?  あー、忘れようと思っていたのに、思い出したおれのバカ! 小焼はアレ使ってたのか? 前に遊びに行った時、ローションも無かったのに、今日はあった。しかも使いかけだ。部屋も明らかにヌいたにおいがしてた。 「あー! 駄目だー!」  首を横に振って、妄想を止めようとする。まずい、ズボンが痛い。ちょっと、出た気がする。中学生かおれは! このまま小焼んとこ戻るのはまずいな。車でヌいていくか? いや、早く戻らねぇと、小焼が不機嫌になるし、最悪どっか行っちまう……、ああもう! 小焼にメシを届けて逃げるしかない!  少し前屈みになりつつ、プールに戻る。小焼がどっか行ってなきゃ良いんだけど……、良かった。いる。 「ほい、買ってきたぞ!」 「ありがとうございます」 「じゃあ、おれはちょっと用事があっから――」 「何の用事ですか?」 「野暮用だよ! や・ぼ・よ・う!」 「あそこに巨乳の子いますよ」 「え、ほんとか!? どこだ!?」  小焼が指差した先を見る。うーん、確かに胸は大きめだけど、おれの好みではねぇな。 「……夏樹。リレーって何時からですか?」 「今ブレの1000mしてっから、まだ一時間は先だろうな。食べる時間はあんだろ?」 「豆大福が無い」 「あ、わりぃ! 忘れてた!」  小焼の一番の好物を忘れてた。何で忘れたんだろ、一番好きなやつなのに。 すぐに食べ終わった小焼は、立ち上がって歩いて行く。 「待て待て! 何処行くんだよ!?」 「シャワールームです。お前も来てください。私が何処かに行かないか心配なんでしょう?」 「お、おう……」  どっか行かないかも心配だけど、おれは自分の下半身も心配だよ。  小焼の後ろをついて歩く。本当にシャワールームに着いた。一つ一つが壁で仕切られていて、簡易的な個室になっている。 「小焼。おれ、戻って――うわぁっ!?」  個室に引っ張り込まれて、壁に押し付けられた。痛い。めちゃくちゃ痛い。後頭部打った。あと、服が濡れた。おれ、着替え持ってねぇのに。 「な、何すんだよ!?」 「……」 「何か言ってくれよ!」 「夏樹」  赤い目が睨んでくる。その怖いくらい美しい目に見惚れちまう。と、同時にぞわっと背中に痺れが這い上がった。 「っ、ぁ、小焼、何す……んんっ!」  口が開いたところに、唇を重ねられて驚いた。あれ、キスしてんの? 鋭い歯が舌に刺さって痛い。 「はっ、あ……、こ……や、け……?」  ぎゅっ、と力強く抱き締められて苦しい。本当に何でこんなことされてんのかわからない。  何で急にこんなことしてんだ? 嬉しいけど、わかんない。 「私……変、ですか?」  赤い目が少し濡れて見えた。泣いて、んのか? 何でだ? 「おれがいない間に何かあったか?」  小焼が注目されてんのはわかる。その才能に嫉妬する奴もいるだろうし、何か言う奴もたくさんいる。さっきだって泳いでる間にめちゃくちゃ言ってる奴がいた。小焼に聞こえないからってひどいもんだ。 「……いえ、なんでも、ないです」 「そんなこと言わずに、頼ってくれよ。おれは、おまえのパートナーだぞ!」 「どういう意味で?」 「ど、どういうって……専属の超ウルトラハイパースポーツドクター!」  睨まれた。そりゃそうか。……あれ? もしかして、おれ、回答間違えたか? これって……。 「あのさ、今朝、部屋で何してた?」 「どうして今それを?」 「い、いやぁ、気になってさぁ。思い出して勃っちまったくらいで。あはは」  下半身の熱は、キスされた驚きでまだ冷めていない。抱き締められてっから、小焼もおれが勃起してることがわかるはずだ。彼は少し考えたような仕草をした後、口を開いた。 「夏樹が、セックスしたいって言うから……準備してました」 「そ、そっかぁ……」 「まだ……無理だと思います。アナルプラグ入れてないから」 「えーっと、小焼がネコで良いのか? そりゃ、おれはおまえを、こう、したいと思ってたけどさ……」 「私はネコが好きです」 「んー、そっかぁ!」  絶対意味わかってないぞ! 根が真面目だから、調べたっぽいけど、肝心のとろ抜けてんじゃねぇか! 言えねぇけど! 「ついでに聞くけど、部屋にローションあったろ? あれもどうやって買った?」 「店員にオススメを聞きました」  うっ、可愛い。可愛さでちょっと出た。いやいや、可愛いとかの問題じゃねぇんだって、これ、店員にタチかネコか聞かれてネコって言ったやつだろ! そもそも、通販じゃなくて実店舗で店員に聞いて買うって、どういう神経してんだ。恥ずかしくねぇのかよ。言えねぇけど!  あり? おれがセックスしたいって言ったから、準備してたって言ったよな? セフレは絶対嫌だとか言ってたから……これってつまり……。 「小焼。恋人同士なら、セックスして良いって言ってたよな? じゃあ、おれと小焼は、つまり、こう?」 「何言ってんだ変態」 「何で急に罵ってくんだよ」  照れ隠し、には見えない。表情は変わらない。突然背中を痺れが這い上がる。乳首を抓られてる。痛い、けど、気持ち良い。 「ちょ、ちょっ、小焼! いた、痛いってぇ!」 「乳首好きじゃないんですか?」 「好きだけど、ヒッ、だ、だめだって!」 「好きなら良いんじゃないですか?」 「ひゃっ、あ、そういう問題じゃなっ――!」  視界に星が散る。手がシャワーのスイッチに当たったらしい、ぬるま湯がおれにも小焼にもかかった。  うぅ、下着までぐしょぐしょになっちまった。服も濡れてんのに、下までびっしょびしょだよ。あー、きもちわるい! 「おーい、夕顔いるかー!? リレー始まるぜー!」 「今行きます」  雪次の声に返事をして、小焼は少し蔑んだ冷たい目をおれに向けて、背を向けた。  う、そだろ……? おれ、放置? まさかの? 放置されてくの? 服もズボンも何もかもずぶ濡れになってっから、プールサイドにすら戻れやしない。スマホが防水性で良かったとしか言えない。  とりあえず……、家で原稿してるはずのふゆにメッセージ送っとくか。タオルと着替え持ってきてくれ。漫画のネタやるから、と。

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