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第11話
下半身に、というか主に尻に、やや違和感はあるが、意外と普通に歩ける。どちらかと言えば、右足のほうが気になる。
「捻挫してんだから、あんまり遠くに行くなよ」
「人が多い道に行きましょうか?」
「暗くて人通りの少ないとこにしてくれ!」
夏樹は俯きがちに答える。スカートの裾を握ったままだ。側にいてもスカートの中に勃起した男性器があるとはわからない。薄暗くてよく見えないが、彼は少し赤面しているようだった。
静かだ。私達の足音と呼吸音しか聞こえない。ハーネスじゃなくて首輪のほうが引っ張りやすかった。なんだか面白みに欠ける気がしてくる。
「……夏樹。四つん這いで歩きませんか?」
「嫌だよ! そんなの変態じゃねぇか!」
「お前は変態だろ」
リードを引いても、腕の付け根と背中に紐が食い込むだけか。……なんだか、つまらないな。
「走りますよ」
「えっ、待って! 無理ぃー!」
夏樹は走りが速くない。かと言って、遅くもない。逃げ足は速いが、タイム的には平均だ。だから、私が走ると、転んで、引きずられる。母のデザインした服を破くのはまずいな。まだ写真も撮っていないし、叱られそうだ。先に撮っておけば良かった。足を止める。
水溜まりに落ちた夏樹は泥まみれになっていた。
「うぅ、痛いし、濡れて寒いし、もう嫌だぁ……」
大きな目から涙がほろほろこぼれ落ちる。おかしいな、夏樹はこういうのが好きだと思っていたんだが……違ったか? ――いや、違ってない。
「嫌って言うわりに、まだ勃ってますよね?」
「ァッ! っ、ん……!」
スカートの中に手を入れて、芯に触れる。夏樹は私の胸にくっついて声を押し殺している。
「ぁっ、小焼ぇ、……ンッ! もっ……、……ぁ……やらぁ……!」
「そのままイッといたらどうですか? ほら、向こうから車が来てますよ」
外灯の少ない田舎だ。ハイビームで道を照らさないと、人や動物を轢く危険性があるし、側溝に落ちる恐れもある。光が当たって眩しい。水溜まりを車が通り過ぎていく。夏樹が飛沫を浴びていた。
……これは、少し可哀想だ。捨てられた子犬のように震えている。スカートから手を抜く。ドロドロに溶けた欲が張り付いていた。
「……そんなに、良かったんですか?」
「良くねぇよバカァ!」
ぽかぽか、そんな音が似合いそうだ。胸を叩く力は私と比べたら弱い。ティッシュで手を拭き、ついでに夏樹の顔も拭いた。泥がつきっぱなしだと可哀想だ。少し。
散歩を続ける。夏樹は辺りを心配そうに見ながら歩いている。ぱっと見は完全に女だから心配する必要は無いと思う。ハーネスだって、迷子防止として子供につける時がある。潤んだままの瞳は何か期待しているようにも見えるから、別に言わなくて良いか。
「な、なぁ、小焼。何処まで行くんだ?」
「散歩ですから、気が向くままに」
「もう帰ろう。なっ? おまえの好きな番組やってんだろ?」
「録画してあるから大丈夫です。今は夏樹といたい」
「お、おう。そっか……」
何で照れたんだ? きちんと録画予約しているか確認を忘れていた。まあ、最悪の場合は見逃し配信で。
夏樹は落ち着きが無い。スカートの裾を押さえたままなのは変わらないが、家を出た時より、もじもじしている気がする。何か言いたそうだな。
「言いたいことがあるなら聞きますが」
「んっ。と……、そこに、コンビニあるから……トイレ行きたい……漏れそう……」
「行っても良いですけど、ハーネスをつけたままですし、お前は今の自分の状態をわかっていますか?」
「ぁっ、うぅ……」
リードを引き、公園に向かう。もうカップルは帰ったようだ。外灯に虫が群がっていた。
「夏樹」
「ちょ、ま、や、やだ!」
夏樹の体を反転させて、後ろからスカートをたくし上げる。きっと今現在、彼を前から見たら勃起した男性器が見える。夏樹は抵抗する気があるのかないのか、弱い力で裾を握っているだけだった。
「あんまり大きい声出したら誰か来ますよ。私は別に良いですけど」
「ぃ、ぃゃ。嫌だ……、や、だ……」
「とりあえず、楽になっておきますか」
「え! 待っ、て! ひぁ、あー、あ……!」
腹をぎゅっと押してやれば、足元に水溜まりができる。尿に精液が混ざっているようだった。絶頂して失禁してるのか? 漏らした恥ずかしさでイッたのか? どっちでも良いか。出る道は一緒だしな。
「……お前って何回射精しても勃ったままなんですね? 変態過ぎるだろ」
「ンなこと言われても!」
顔を覗きこむ。大きな目が濡れたままだ。まだ足りなさそうだ。……右足が痛いから、そろそろ帰るか。
ここは土なので夏樹の出したものは養分になると思うが、一応、水をかけておいた。電信柱にさせたら良かったな……。それはただの立ちションになるか。
「夏樹。足が痛いので帰ったらもう一度診てください」
「はぁ……、わかったよ」
こういう時は普通に会話する。今の状況に合ってなさすぎる。リードを引きつつ、道を行く。後ろから車が来たことがライトでよくわかる。夏樹は私にぴったりくっついた。
「おっ! 夕顔! 彼女かぁ?」
「えっと、誰でしたっけ?」
車が横付けされ、声をかけられた。夏樹の知り合い、だったな。今日話したような気がする。名前は何だった? 夏樹は顔を車から背(そむ)けて、私の腕にしがみついた。
「阿武だよ! 阿武雪次! 忘れんじゃないんだぜ!」
「興味が無いので忘れます」
「オイオイオイオイ! で、彼女か? かわいい服着てんな! コスプレお散歩か?」
「ゴスロリはファッションだからコスプレとは違います。殺すぞ」
「ヒェッ! 俺が悪かったから! 睨むなって!」
睨んだつもりはないんだが。
腕にしがみついたままの夏樹の呼吸が荒くなっている。腰が擦りつくようになってきた。
「まだ何か用ですか?」
「彼女の顔を拝みてぇんだぜ!」
「嫌だからずっとこっちを見てるってわかりませんか? ばかですか?」
「ばかって言うな! じゃあ、名前だけでも教えてくれよー! 絶対かわいいんだぜー!」
夏樹は首を横に振っている。夏樹という名前は両性いるだろうし、ありふれた名前だと思うんだが……違う名前を教えたほうが良いか。
「なちゅです」
「へえ、なちゅちゃんって言うのかぁ? かわいい名前だぜ!」
「あくまでモデル名ですけどね」
「へー! モデルちゃんかー! 絶対、顔かわいいんだろうなー! 見たいなー!」
「教えたからさっさと行ってくれませんか? 後ろの車の邪魔です」
「おっ! そんじゃ、またな! 夕顔! そんでから、なちゅちゃーん!」
やっと行った。あいつがバエスタを知らなくて良かった。知っていたら、大騒ぎされるところだ。
後続車ができて良か――いや、良くないか。
「小焼くん、こんばんは。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「こんばんは。今から帰るところです」
「そうかそうか。アンチェさん達はご健在かな?」
「はい。母も父も元気で、今はパリでデザイン画の個展準備をしています」
声をかけて来たのは、夏樹の父だ。……夏樹は、さっきより強くしがみついてきた。腰が震えている。
「良かったら乗っていくかい? 家まで送るよ」
「いえ。せっかくのお誘いですが、トレーニングを兼ねて歩いているので」
「そうか。それは逆にすまない」
「いえ。こちらこそ」
「それじゃあまた」
手を振って見送る。足元をスマホのライトで照らした。
「夏樹。私の足にぶっかけてどういうつもりですか?」
「わ、わりぃ。がまん、できなくて……」
顔が上がる。すっかり紅潮していた。チークを塗ったかのようだ。頬を撫でてやる。くすぐったそうに笑った。笑ってる場合でもない。
スカートの中が今どうなっているかは、だいたい察しがつく。我慢できなくて出したらしい精液が足元に落ちているくらいだ。スカートを捲る。まだ、勃っているのか?
「……つかぬことを伺いますが、何回ヤッたことありますか? 経験人数ではなくて」
「え、えっと……七、八回ぐらいかな……」
夏樹はまだまだ元気そうだ。……どうなってんだこいつ。
あきれつつ歩みを進める。もうすっかり慣れたのか開き直ったのか、夏樹は何も言わない。
やっぱり首輪のほうが良かった。家に戻って、改めて夏樹の姿を確認する。泥まみれだ。このまま家にあげたくない。シャワーを浴びさせよう。
「夏樹。服を脱いでください」
「ん。わかった」
ハーネスを外してやると、素直に脱いだ。童顔に下半身のモノが似合わないというか……なんというか……。全裸になったところで、もう一度ハーネスをつけてやる。驚きはするが抵抗しない。
「このまま外行きますか?」
「足痛いんだろ? 安静にしとかねぇと……。あ、他にどっか痛まねぇか? プラグもそろそろ抜かないとだろ?」
なんとなく期待しているような目もするが、足が痛いのは事実だ。黙ってリードを引いて浴室に連れていく。ハーネスを外してやる。潤んだ大きな瞳が見つめてくる。
「シャワー浴びたら、ここの服を着て、部屋に来てください」
「ん」
夏樹が着たらワンピースになりそうだな……。考えながら部屋に戻った。ベッドにうつ伏せに寝る。
少しタバコの香りがした。タバコは苦手だ。臭いし、咽せる。でも、夏樹のタバコのにおいは嫌いじゃない……。あつい。
「ッ、ん……、ん、ん」
入ったままのプラグに手を伸ばす。引き抜けば、ローションが溢れてきた。指が、二本入る。
「ぁっ……、あ……。んっ……ッ、ぅ」
気持ち良い。右足の鈍い痛みがぶっとぶくらい快感に痺れる。足音が聞こえる。ドアが開く。
「すげぇエロいな、小焼……。まるで美術館に飾ってそうなエロさだ」
「お前何でそんなにばかなこと言えるんですか」
「あはは、思ったまんま言っちまったや」
人懐こい笑みを浮かべながら近寄ってくる。ロンTがワンピースのようになっていた。……ちっちゃい。
頭を撫でたら更に嬉しそうに笑った。
「足、冷やしとかねぇとな。熱持って腫れてる。無理に歩くからだぞ!」
「わかりました」
夏樹は、部屋の隅の薬箱から冷感湿布を取り出し、私の右足首に貼りつけた。冷たさに体が跳ねる。
「おっ、わりぃ。言ってから貼れば良かったな」
「どうでもいいです。それより……勃起はいい加減おさまりましたか?」
「それなんだけどさ……、冷やしたら大丈夫だと思って、水で急冷却ならぬチン冷却を――」
「中学生かお前」
「ノリは同じかもな! で、チン冷却しておさまったと思ったんだよ! でもさ、この服、小焼の匂いがすっごいすっから!」
また勃った。
何か言いたいような気もするが、あきれてぐうの音 も出ない。黙って頭を撫でてみる。無いはずの尻尾をぶんぶん振っているように見える。
「夏樹、『お手』」
「おう!」
「本当にするやつがいますか」
「いや、言われたらするだろ?」
私が手を差し出せば、夏樹の手が重なった。なんだか嬉しそうだ。
「『おかわり』」
「あい!」
「『ちんちん』」
「え、み、見せたら良いのか?」
「見せられても反応に困りますよ。もう見慣れた」
「おれは恥ずかしい……」
「はあ?」
夏樹の基準がわからない。恥ずかしがりながら、ロンTをたくし上げて、自身を見せてくれた。
「も、もう良いか?」
「むしろ、私が『よし』と言うまで見せるつもりなんですか?」
「小焼がそうして欲しいなら……」
「では、『待て』で」
「え、待てかぁ……」
見てるだけなんだが、夏樹は顔を赤らめて息を乱している。本当に、変態だな……。
目が涙で潤んでいる。舐めたら甘そうな目だ。甘露を煮詰めたような焦げ茶色の目。
「夏樹。『よし』」
「おう!」
「犬が芸をできたら、ご褒美をあげるものですね」
「おれは犬じゃねぇけど、ご褒美くれるなら貰うぞ!」
「あげますよ」
もう、大丈夫かもしれない。夏樹なら、なんとでもできるはずだ。
超なんたらかんたらスポーツドクターなんだから。
「……セックス、しましょう」
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