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第16話
小焼は講義に行ったから、おれはずぶ濡れの服を抱えてゼミ室に戻った。
何故かおれの席に菓子が大量に積まれていた。全部甘い菓子だ。何でこんなに積まれてんだ? 誕生日でもねぇし、イベントでもない。更に言うと、ここのゼミ生は、みーんな、おれが甘いもの苦手だって、知ってるはずだ。嫌がらせにしては……お祝い感がする。間違えて置かれてんのか?
「夏樹くんおかえり!」
「おう、ただいま。……なあミラ、おれの席どうなってんだ?」
「それね、ゲンシケンの方が置いてったの!」
「……何で?」
「ミラにはわっかんなーい!」
「そっか」
現代視覚文化研究会――通称、現視研。知り合いはいないんだけどなぁ……、連絡してみっか。内線電話の番号表どこやったかな。お菓子を退けて本棚からファイルを取る。えーっと、活動教室は……あった。第一クラブハウス棟の五号室。ゼミ室内の内線子機を手に取る。電話出てくれっかな……。あ、繋がった。
「はーい! こちら、げんしけんでーす!」
「あ、えっと、おれ、こほんっ。ぼく、スポーツ医学ゼミの伊織夏樹と申しますが――」
「え! 伊織くん⁉ 本人⁉」
「は、はい。本人です。ぼくの机の上に大量にお菓子を置いていかれたのが、現代視覚文化研究会の方だとミラ――同ゼミ生に伺いまして、ご連絡をですね……」
「サイトを見て! お祝いと尊さの感謝をしにお菓子を置きました! すみません!」
「えーっと、ぼく宛てでお間違いないってことで……?」
「はい! よ、よろしければ、お召し上がりになって!」
「ありがとうございます。いただきますね」
「いえいえー。あ、あの、お話を聞かせてもらいたいんで、今度、都合の良い時にゼミ室に伺わせてもらっても……⁉」
「あ、それなら、ぼくがクラブハウスに伺います。今からでも」
「ほんとですか⁉ お待ちしてますー!」
通話終了。テンションが高そうだし、こっちに来てもらったら聴力の研究チームの邪魔になりそうだ。サイトを見てお祝いってのも意味がわかんねぇし、おれが行ったほうが早いだろ。
「ミラ。おれ、クラブハウス行ってくるよ」
「ハーイ。行ってらっしゃーい!」
笑顔で送り出されたので手を振っておいた。
第一クラブハウス棟は、ビミョーに遠い。第二だったら五分以内に行けたんだけどなぁ……。
講義が始まっているから、キャンパス内は静かだ。途中のカフェテラスで優雅に紅茶を飲んでる人達がいた。紅茶研究会かな。大きい学校だから、研究会もサークルも多い。
おれは学費のために塾講師のバイトしてっし、小焼のサポートもあるから、何かサークルに入って活動する余裕なんてねぇけど、余裕があるやつはサークルの掛け持ちも当たり前だ。
あ、そういや、塾の講義資料作ってなかった! やべぇな。用事終わったらすぐ作らねぇと……。
第一クラブハウス棟に着いた。ここは文系が多い。えーっと、五号室だから……ここだな。看板が多分アニメのキャラだ。何て名前のアニメのキャラかわかんねぇけど、カラフルな頭してる。
三回ノックして返事を聞いてからドアを開く。
「失礼します。先程ご連絡した伊織ですが――」
「あー! 伊織くん! 本物⁉ ちっちゃい! かわいいー!」
「ちっちゃい……」
ちっちゃいって言われた。そりゃ平均身長より20㎝ぐらい低いけど! 少しかなしい。
「ご、ごめん! 気にしてた?」
「いえ……」
「ごめんごめん!」
何で頭撫でられてんだ。おれより身長の高い女が微笑みながら、頭を撫でてくる。
「いい加減にしろ! 何なんだよもう!」
「ごっめーん! 伊織くんがちっちゃくてかわいくて、つい!」
「二十六歳の男に可愛いってどうなんだよ……」
「えっ、年上⁉ すみません!」
…………年下に思われてたのか。よくあることだけど、やっぱり少しかなしい。
おれ、童顔なんだよなぁ……。筋肉もつきにくい体質だし……。考えたら、なんかテンション下がってきた。さっさと話して戻ろう。
「あのー、サイトって何を見て?」
「うちの大学の裏サイト! そこに、朝、水泳部の夕顔くんがゲイだってカキコミがあって!」
「ああ、はい」
例のアレの話だな。ふゆが何とかするって小焼に言ったらしいけど……、何したんだ?
「あれ、実はとある腐女子の妄想で、作り話だって最後にネタバレがあってぇ! あ、腐女子ってわかりますか?」
「妹が腐ってるからわかる……」
ふゆが腐女子になったのは、中学二年の時に本屋で間違えて同人のアンソロジーを買ったのがきっかけだった。今考えたらアレって成人指定してなくて良い内容か? ふっつーに、エロシーンあった気がする。と、今それはどうでもいい。
「モデルになったのが、伊織パイセンとわかりまして!」
「へえ、そうなのかー」
ハイテンションで話され続けると疲れる。テンションのひっくい小焼の声に慣れてるからか、耳が合わないのかな。
ふゆのやつ、何書いたんだろう。怖くて見たくない。怖いもの見たさもなくなるくらい、嫌な予感しかしない。実際に腐女子が目の前で大興奮してるくらいだから、見ないほうが安牌だな。
「で、で、伊織パイセン! このダボダボでキュートな萌え袖って、水泳部のジャージですよね⁉」
改めて鏡でよく見る。小焼が貸してくれたのは、水泳部のチームジャージだ。
小焼は他校との練習試合や水泳連盟公式の記録会の時ぐらいにしか着ないから、だいたい、ロッカーに置き去りにしてるやつ。水泳部専用ロッカーの使い方を間違えている気がする。
「ひゃああ! もう、公式カップリングじゃないですかぁ! 尊い!」
手を合わせて拝まれた。……うん。ふゆもよくやってるなぁ、これ。
その後はなんやかんやと萌え語りをされて、やっと解放されたのは二コマ目の終了時間だ。現視研は、これからも応援してくれるらしい。ヘトヘトになってゼミ室に戻る。慎吾がいた。ミラは講義に向かったようだ。二人きりだと気まずい。今朝のアレでかなり。
もう、何も考えずに塾の資料を作ろう! それが良い! 菓子をカバンに入れ、パソコンのスリープを解除して、テキストを作る。水平リーベぼくのふね、と……。
「な、なあ、夏樹!」
やや息を切らした慎吾が近づいて来た。さすがに無視はできないから振り向く。
「ごめん。サイトに書き込んだの俺なんだ……」
「そっか」
だからって何も言うことはないんだよなぁ。小焼は色白美少女の女子高生を彼女にできたから、結果的にめちゃくちゃ得してそうだし……カバンにぶち込んだ菓子も全部あいつ行きだし。
おれが泣いたことは全て解決しちまって、良い方向に向かってる。
「でさ、あの後、カキコミ見たら……すっげー感動する小説ができてて、俺、泣いた! 夏樹が、夕顔にちんこ突っ込まれてても、良いと思った!」
おれ、突っ込む側なんだけど。とは言わないでおこう。ふゆのやつ、何書いたんだよ! 気になるけど、絶対見たら妹の性癖と文章力に絶望感を抱くから見ない! 気にしたら負けだ!
「応援してる! きもちわりぃとか言ってほんとーにごめん!」
「お、おう……。ありがと……」
これ、おれだけ、ゲイにされてないか? もしくはバイか?
……小焼に変なのが群がらなきゃ、なんでも良いや。あいつがのびのび泳げるなら、おれはそれで良い。小焼が楽しそうなら良い。小焼が幸せなら、おれも幸せだから。
「で、で、でさ、夏樹なら、作者の秋ノ次冬夜もわかるよな⁉ サイン貰ってきて欲しい!」
「い、いやぁ、サインなぁ……」
「いつになっても良いから!」
家に帰ったらいるよ! 秋ノ次冬夜先生! ……やっぱり後でサイト見に行こう。さっきまであんなに蔑んだ目をしてきた慎吾が、こんなにキラキラした目で見てくるんだ。色んな意味で怖い。
「次回作も応援してる!」
「うん……。他の作品を載せてるとこ教えっから、そこから本人に感想送ったらどうだ?」
「あ、ありがとう! ほんっとーに、きもちわりぃとか言ってごめん!」
良かったな、ふゆ……。腐男子の友達ができるぞ……。
ふゆが作品を載せてる投稿サイトのアドレスを慎吾に送る。最近は漫画の原稿してっから、小説は書いてなかったような気がする……と思って、作者ページを開いてみた。
新着で小説があがってる。……例のアレか。あらすじの説明に『友人Kとこころを込めて作りました。精神的に向上心がありまくるスポーツ選手と彼をサポートする健気なドクターのおはなしです。』と書かれていた。投稿して一時間ちょいだってのに、お気に入り数がもう百を超えている。感想欄にも続々と「泣いた!」とか「幸せになって!」とか「続きが欲しい!」とか書かれている。
……友人Kって、けいちゃんかな。
漫画もあがってんなぁ……。スマホで描けるもんなぁ……。投稿時間的に「真面目に授業うけろよ!」と言いたい。
「夏樹。これ、絵のリクエスト送れんの?」
「あー、コミッション受け付けてっから、有料のならいけると思うけど……」
「俺、秋ノ次の絵好きだわ! リクエスト送ろっと!」
「お、おう……」
良かったな、ふゆ。お小遣いが増えるぞ……。未成年でもコミッション受けられるようなところだから、成人指定や過激なグロ絵は禁止されているし、大丈夫だと思うんだけど、慎吾は何リクエストする気だ?
「サエズッターもフォローしとこーっ! 秋ノ次、どんな人なんだろ?」
おれの妹ですっ! もう、そっとしとこ……。塾の資料を作んねぇと……。
パソコンに向かい合ったところでスマホが震える。小焼から着信だ。
「小焼、どうした?」
「源氏ケンと名乗る武士のような女からお菓子を貰ったんですが、全て激辛で……」
「それ、源氏ケンじゃなくて、現視研だ。現代視覚文化研究会だよ。あと、武士のようなって、どういうやつかすっげぇ気になる。そんで、おれのところには激甘の菓子が届いてるよ」
「武士だったんです。『ござる』や『拙者』と言っていました。お菓子は交換してください」
「ああ、それなら武士だ。もしくは忍者だ。で、今からか? 何処にいんだ? おれはゼミ室」
「そっち行きます。忍者って現代でもまだいるんですね。母に連絡しておこう……」
「じゃあ、待ってる。本物の忍者に会いたいなら伊賀か甲賀のほうに行こうな。ここにいんのは、まがいものだぞ」
小焼が来るまでに資料を作り終えて、昼メシ行けるようにすっかな。えーっと、元素記号どこまで書いたっけ?
「夏樹が着てるのって、水泳部のジャージだな! 彼ジャージ、カワイイじゃん!」
「……うん。おれ、可愛いんだな。わかった」
なんだか色んな意味でゼミ室に居づらくなった。家に帰ったら、ふゆにサイン貰おう……。
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