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第22話
「ふゆ! けいちゃん痛がってんの放置すんなよ!」
「え!? わわわっ、ごめんけいちゃん!」
ふゆがカメラを下ろして早歩きでこちらに来た。走ったら小焼に叱られるのわかってんだな。
けいちゃんは目の端に涙を浮かべてお腹を押さえていた。盲腸炎ではないか、位置が違う。胃痛ならもう少し上を押さえてるだろうから、これは……。
「お兄ちゃん。けいちゃんね、生理2日目だって言ってたよ。あと、お薬飲んだって」
「あー、生理痛か……。けいちゃん、そのままで苦しくないか? 横にならなくて大丈夫か?」
けいちゃんは首を横に振る。薬飲んでるって言うなら、鎮痛剤を渡したら胃が荒れそうだな……。この感じだと、冷えからきてるっぽいし……。
「けいちゃん、手触るからな」
右手はお腹にあるが左手は膝の上にいたので、手を掴む。冷え性なのかな、かなり冷たい。少ししっとりしてるのは冷や汗かな。
生理痛のツボは……ここだ。親指と人差し指の骨が交わる部分辺り。ふゆならこれでけろりと治るんだけど、どうだろ? ちょっとでもマシになったら良いな。
ふゆがけいちゃんの頭を撫でていた。これはこれで、申し訳なさで泣いてるとかねぇかな……。けいちゃんは泣き虫だとか昨日ふゆから聞いた。
すぐに泣くから取扱注意だとかなんとか……ふゆは「面倒臭いとか言わないでよ! けいちゃんはカワイイから許されるの!」と言っていた。可愛いからって何でも許されるわけでもねぇだろ。
裏サイトにカキコミされた夜も、おれの部屋で勝手にプリンター使ってコピー本作ってたし、挙げ句の果てに「逆カプ」だったというオマケつきだ。
小焼に逆カプだったからってお詫びしても理解するわけがない。そういや、ネコについて調べたかな……。忘れてそうだから、そっとしとくか。
「ごめんなさい。もう大丈夫やの……。ウチ、波があって……」
「そっか。しんどくなったらまた言ってくれな。ツボ押しぐらいならできっから」
「うん。ありがとうございますやの」
けいちゃんが持ち直したので、後はふゆに任せておいた。
少し離れた場所でキラキラが見える。今日もやっぱり綺麗だな……。近付いたら、振り向かれた。
「どうでした? 空腹ですか?」
「そりゃおまえだろ。生理痛だってさ。今は落ち着いてっけど、また痛むかもな。……あのジャージ、貸してやったのか?」
けいちゃんは小焼のジャージを羽織っている。小焼が貸さない限りは、けいちゃんの性格的に、ふゆが奪ったぐらいしか考えられない。小焼は黙って頷いた。
「それはそれとして、準備体操してください」
「あいあい。きちんと泳ぎ方教えてくれよな」
「先に高校生を見ますけどね。終わったら来てください」
真面目にコーチするんだなぁ……。当然のことなのに、嘆息した。
水泳部に指導している小焼を見つつ、準備体操をする。ふゆが上機嫌でスケブを捲っていた。スケブにラフを描いて、スマホで撮影してペン入れして、という順番らしい。カメラはけいちゃんに渡されていた。小焼を撮ってんのかな? それなら、焼き増ししてもらうか。
準備体操をしてから、プールに近付く。高校生も小焼もプールサイドにいる。スタートの練習をすんのかな。
「夏樹。飛び込んでください」
「ふぇっ!? おれ、泳げないんだから、飛び込みなんてできねぇよ!」
「良いから、飛び込め」
相変わらず無茶振り過ぎるだろ。
怖いくらいに美しい赤い瞳で睨まれちゃ、やるしかない。
スタート台に立つ。けっこう高いんだよな……。やばい、ちょっと怖い。でも、拒否権は無さそうだからやるしかない。高校生達に注目されてるのがわかる。視線が突き刺さる。ゾクゾクしてきた。だめだ! 水着だから、やばい! 落ち着いて! おれ、落ち着いて!
「さっさと飛び込んでください」
「わかってるよ!」
小焼が舌打ちをして爪を噛み始めた。かなりイライラしている。
よし! 行こう! グッバイスタート台!
「ぐぇっ!」
大きな水飛沫が上がる。盛大に水面に腹打ちした。こうなることわかってんだよ! 痛い。あーもう、めちゃくちゃ痛い! 泣きたい! しかもほら、浮かないんだってば! え、やばい。
滲んだ視界にキラキラが見えた。唇が重なる。水中で見えないからって、不意打ちでキスはずるい。
「潜水しろとは言ってないですよ」
「だって、浮かねぇんだよぉ!」
「はぁ……」
そんで、小焼に抱き上げられた。何でお姫様抱っこしてんだよおまえは。高校生達がビミョーな反応してるぞ。女子部員のうちの1人が目を輝かせてるけど、あれは、ふゆと同類だな……。わかる……。
「わかっているとは思いますが、今のが悪い例です。大きな水飛沫に、腹打ちに、と、失敗のお手本の最適解でした」
悪い例のために飛び込めと言われたのか。なるほど、納得。
小焼がスタート台に立つ。すらっと長い足が美しい。かなり美脚だ。背はそんなに高いわけでもねぇんだけど、オーラか態度かそんなんで大きく見える。
スタート台をトンッと蹴ったかと思えば、少しの水飛沫だけで水中にいた。15mの手前のラインまで潜ったまま進んでいた。
平泳ぎで小焼は戻ってきた。
「ポイントは、3つ。構え、飛び上がり、入水だけです。それさえ覚えておけば……それなりには、良い記録になるかと……」
小焼にしては珍しく、目を逸らしながら言っていた。ああ、実力がわかってんだなぁ……。
「まず、構えからですが……、夏樹!」
「お、おう!」
腕を掴まれてスタート台に立たされた。そんで尻を叩かれた。痛い。
「まず、スタート台に立ったら姿勢を正す。すぐに構えようとするやつがいますが……、だいたいそんなやつは遅いです。私より」
そうだなぁ。おまえ、めっちゃ綺麗にスタート台に立って、ゆっくり構えるもんな……。さっき見た飛び込みを思い出して頷いていたら、背中を叩かれた。痛い。
「利き足が前。夏樹、利き足は?」
「へっ? わかんねぇよ! って、うわぁああ!」
プールに突き落とされた。
すぐに小焼に拾われて、またスタート台に立たされる。何だよこれ、新手の水責めプレイか? ゾクゾクするからやめて欲しい。水着だし。
「夏樹の利き足は右。はい、右を前にする」
「こうか?」
「はい。左足は一足分空けて後ろに。スタート台に指をかけて。頭が前に行き過ぎだばか!」
「痛っ! 叩かなくても良いだろ!」
どうやら頭が前に行き過ぎらしい。おれの体感だと全くわかんねぇけど、小焼の指示通りに構える。クラウチングスタートの姿勢だ。
「飛び上がりは……慣れるしかないですね。脚力にもよりますが、一点入水できるように意識しておけば良いです。せっかくの勢いを水の抵抗で打ち消したくないでしょう? とりあえず、夏樹はそのまま飛び込め」
「ぁ痛っ! わかったから叩くなよ!」
尻を叩かれて痛い。あぁもう、涙出てきた。ふと横を見れば、ふゆが目を輝かせてペンをめちゃくちゃ速く動かしていた。けいちゃんはカメラを構えている。うん、資料集めきっちりやってんなぁ……。
スタート台を蹴って、飛び込む。さっきよりは痛くないけど、やっぱり腹打ちになった。しかもこの後どうするかわからない。
キラキラが見える。手を伸ばす。抱え上げられた。
「見事なまでに沈んだままで、ある意味天才ですね」
「う、なんかかなしい……」
「……きちんと『芸』ができたことにしておいてやる」
「え。小焼。それって――」
「では、2人組を、3人でも良いです。とりあえず見てもらえる相手を作ってください。スタート練習を始めます」
おれを下ろして、小焼は高校生達に声をかける。
芸ができたってことは、ご褒美をくれるってことか? 期待したら裏切られそうだけど、期待してしまう。
練習の邪魔になりそうだから一旦離れとくか。小焼も向こう見てっし。
ふゆとけいちゃんのいるベンチに戻る。ふゆがニヤニヤしていた。
「ねえお兄ちゃん、ずっと気になってたんだけどー、肩の歯形はなぁに?」
言わないほうが良いか。ふゆも何でこのタイミングで聞いてくんだよ。おれが風呂上がりにパンイチでうろついてる時に見てるだろ! 「お兄ちゃんパンツだけで歩き回らないでよぉ!」とか言う前に、こっちのが気にならなかったのかよ!
「ヤッたのー? ねえ、えっちなことしたの?」
「女子高生がそんなこと言うなよ!」
「えー。気になるもん! ねえ、けいちゃんも気になるよね?」
「あうぅ……。えっちなことは駄目やの……」
けいちゃんの顔はみるみるうちに真っ赤になった。まるで茹でたエビのようだ。
「けいちゃんだって、えっちなことに興味津々でしょ? さっき、セクシー女優さん見てたもん!」
「あ、あれは、小焼くんが……ウチに似てるって……」
検索したらエロ画像ばっかり出たろうに、けいちゃん可哀想。モジモジしてる姿が小動物のようで愛らしい。もちもちぷにぷにの脚なんて、小焼の性癖だと思う。……下手したらすぐ食いそうだな。
「けいちゃん。小焼が腹空かしてる時は近づかないほうが良いぞ。レイプされるから」
「え!?」
「小焼ちゃんそんなことするの!?」
「レイプは言い過ぎだけど、あいつ、凌辱系が好きだからさ……」
さすがに彼女を無理矢理犯すことはないだろうけど、そういうプレイはしてそうだ。
「根が真面目だから、そんなに心配することでもないだろうけど、気をつけてくれよな」
「はいやの」
「で、お兄ちゃん。その歯形はなぁに?」
「ネコに噛まれた」
「へぇ、ネコにねぇ?」
「そうだよ。ネコにだよ」
ふゆはニタニタ笑っている。その横でけいちゃんが「猫ちゃん、やんちゃやのー」って、ほのぼのしていたので、言葉の意味がわかったらどうなるか少し怖い。
視線を横にやる。おれのネコちゃんは熱心に指導していた。
ああ、やっぱり……、綺麗だ。
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